■斯く闘えり■
メキシコ移民抄史

historia de la inmigración japonesa a méxico.

「書棚」でも紹介していますが、『日墨交流史』(PMC出版)という本があります。1990年に日墨協会編として出版されたのですが、そのなかの榎本移民のあとの移民会社時代とそれに続く移民奮闘の戦前史は、じつはぼくのゴーストでした。ちょうど『峠の文化史─キューバの日本人』をまとめて出版した直後のことで、正直いって、大陸殖民など移民会社のあたりは『峠の文化史』の原稿を流用していました。また、あの頃はまだ三十代の走りで、いまもそうですが熟れない文章でまちがいもありました。それを少し手入れして、メキシコ移民抄史として紹介します。ほんとうなら、日本人移民史の事のはじまりから説き起こしたいところですが、いまだに力が足りません。だから、移民会社の時代から入って、日米戦争までの時代で終わります。それを序破急で、移民会社による移民の時代、メキシコ革命の動乱のなかで翻弄される流民の時代、そして定着し基盤を築いていく変容の時代と三つに分けてみました。もともとぼくが知りたかったのは「出移民」であって、どうして移民に出たのか、農漁村の背景を知りたかったわけで、その一つを峠越えの文化の移動に見つけ、あれこれ手探りしているうちに、移民会社とのかかわりも見えてきたのでした。そして、いま、思っています。移民と移民会社は別ものではなく、移民会社の根はほかでもない移民を出した村社会のなかにあったのです。

目次

一幕 移民の時代
最初の移民交渉
日本人移民一万人
大陸殖民合資の初期移民
移民供給地を探せ
ナコサリへの導入計画
オアハケニャ
過剰輸送と契約解除
「契約」の実際
最初の「暴動」
オアハケニャその後
コリマ移民
笠を被り徹宵せる
ブラック・マウンテン
最初のエスペランサス移民
裁判仰がん其為に
募集代理人への憤り
ボレオ移民
ラス・エスペランサスその後
続くガス爆発
転労移民は人にあらず
ユカタンへの韓国移民

二幕 流民の時代
試行のはじまり
アメリカへの六つのルート
南からの転航者たち
魔のアルタル沙漠とコロラド渡河
Y夫人の場合
各地に異変あり
南部諸州の日本人
北部諸州の日本人
日本人被害の実態と賠償委員会
ビジャ暗殺未遂事件
テキサス義勇軍と日本人
革命に参加した日本人
出雲の派遣と墨都自衛計画

三幕 変容の時代
カリフォルニアからの南下
バハ・カリフォルニアへの漁業移民
採鮑移民
メヒカリ棉作とアグラリスタ運動
副島八郎のソノラ入り
土地法無視の大和民族発展社
エスタンスエラ農場と小林直太郎
北墨鉱業と条勉
益子殺害事件
追われる中国人移民
各地の日本人
日本人会と日本人学校

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