水色馬車の運転手さん

作 ドーラ・アロンソ
絵 フェリス・ロドリゲス
訳 倉部きよたか

旅たびのはじまり

かにの方角ほうがく占うらない

夢ゆめの鳥とり

眠ねむりの村むら

小人こびとのダマソ

いたずら犬いぬの冒険ぼうけん

三人さんにんの道化師どうけし

1・2のゆかいなお話はなし

2・3のなぞなぞ

嵐あらしの夜よるの訪問者ほうもんしゃ

ピピシガージョ、おとしはいくつ?

夢ゆめの塔とう

ちょっとおかしな店みせ

出会であいの街角まちかど

さよなら、仲間なかまたち

*

旅たびのはじまり

 カルボネラスにほど近ちかい、バラデロの海岸かいがん通どおりに、マルティン・コロリンという運転手うんてんしゅさんが住すんでいました。かれには、アスリンとアスロサという二人ふたりの子こどもと、いたずら好ずきでよく吠ほえる子犬こいぬがいて、一頭いっとうの白しろい馬うまと、おんぼろ馬車ばしゃが一台だいありました。

 

 ある日ひのことです。

 マルティンは、水色みずいろのペンキと刷毛はけを買かってくると、子どもたちといっしょに、馬車のペンキ塗ぬりをはじめました。毎日まいにち、海うみばかり見みているので、なんでもかんでも、みんな、水色にしたくなったのでした。

 

 馬車は、思おもったよりきれいに仕上しあがりました。すると、自分じぶんたち三人さんにんがみすぼらしく見えてしかたがありません。そこで今度こんどは、服ふくや、靴くつから帽子ぼうしまで、みんな、馬車と同おなじ、水色に染そめることにしました。それだけではありません。頭あたまにつける水色のかつらもつくることにしたのです。小旗こばたのようにひらひらする長い髪かみのかつらです。

 

 かつらに使うのはシサールサイザル麻。エネケン工場こうじょうに行いけばいっぱいありました。シサールは染めやすいのです。

 ただ、水色の馬車には、やっぱり水色の馬でないと似合にあいません。困こまったマルティンは、あてのないまま、あちらこちら、水色の馬をさがして回まわりました。でも、そんな馬なんているわけがありません。

 

 結局けっきょく、水色の馬は見つからず、ただ疲つかれただけ。でも、マルティンはあきらめません。いい方法ほうほうを思いついたのです。

 

 まず、バケツに水をいっぱい入れて藍あいを溶とかすと、いたずら犬をひっつかんで投なげ込こみました。

 すると、どうでしょう。五分ごふんほどたって、いたずら犬が、ぶる、ぶる、体からだをふるわせながら出でてきたときには、だれが見ても、水色の犬と見違みちがえるほど、きれいに染め上がっていました。実験じっけんは成功せいこうです。

 

 すっかり気きをよくしたマルティンは、バケツに、さっきよりもたくさんの藍あいを入れてかき混まぜると、今度は、白い馬を染めはじめました。そうして、耳みみ、お腹なか、たてがみ、尾おっぽ、と順じゅんに染めていき、最後さいごに、額ひたいの前髪まえがみを染め上げると、とっぷり日ひも暮くれていました。

 

 次の日曜日にちようび、朝日あさひの中なかをマルティンと子どもたち、そして、いたずら犬は、馬車で浜辺はまべの小道こみちを走はしっていました。あたりは一面いちめん、ウバ・カレタ浜ぶどうの花はなでいっぱい。

「そーれっ、アスレホ!」

 マルティンは、かけ声ごえも高たかく、アスレホの手綱たづなを引ひきました。

 水色馬車は浜辺の道をまっしぐら。

 朝日に海うみは、きら、きら、輝かがやき、いたずら犬は、ぴょん、ぴょん、うれしそうに馬車のあとを追おいかけます。

 

 キリビーン、キリビーン、キリビーン、キリビーン!

 

 アスレホは、水色の長ながい尾っぽと、しなやかなたてがみを、どうだりっぱだろう、といわんばかり、鼻はなも高々たかだか、軽かろやかに走ります。

 

 キリビーン、キリビーン

 

 もちろん、マルティンも子どもたちも、にこにこ顔がおで、元気げんきいっぱい。

 たのしい夏休なつやすみ、冒険ぼうけんの旅たびのはじまりです。

かにの方角ほうがく占うらない

 馬車ばしゃは、みんなを乗のせて、マングローブやカレタが生おい茂しげる海辺うみべの一本いっぽん道みちを走はしりました。カマリオカの入いり江えやバラデロの町まちが、どん、どん、遠とおざかっていきます。

 と、突然とつぜん、マルティンは、手綱たづなを引ひいて馬車ばしゃを止とめました。

「そうだ。まず、予定よていを決きめておかなくちゃ」

 みんなは馬車から降おりて、相談そうだんすることにしました。

 コインを投なげて決きめようといったのはお兄にいちゃんのアスリンです。

 でも、マルティンはおもしろくありません。

「もっといい方法ほうほうがあるだろう」

「じゃあ、小石こいしを投げて決めるっていうのはどう?」

 妹いもうとのアスロサがいいました。

「いたずら犬いぬの方ほうに落おちれば北きたに行いく。アスレホの方に落ちれば南みなみで、お兄ちゃんの頭あたまに落っこちれば東ひがしよ」

「えーっ、ぼくの頭に? いやだよ、そんなの」

 アスリンはふくれっ面つら。

 

 結局けっきょく、ちょっと変かわった方法ですが、かにを使つかって決めることにしました。かにを見つけるのは、もちろん、いたずら犬の役目やくめです。大おおきな声こえで吠ほえたてながら、あたりかまわず砂浜すなはまを掘ほり返かえしはじめました。

 やがて、なにかを見つけたのか、穴あなの中に尾おっぽを入いれると、ほうきで掃はくように、ちょこ、ちょこ、小刻こきざみに動うごかしています。と、

「うわぁーっ!」

 叫さけぶやいなや、陸上りくじょう選手せんしゅ顔負かおまけの猛もうスピードで駆かけ出だしました。

 みんなは大笑おおわらい。かにに尾っぽをはさまれたのでした。

 

 でも、いたずら犬は、どうしてみんなが笑っているのか、さっぱりわけがわかりません。かにはそうしてとるもの、と信しんじていたのです。

 

 マルティンは、棒切ぼうきれで、砂浜に大おおきな十字じゅうじを描かくと、四よっつの先さきっぽに、E東、O西、S南、N北と書かきました。そして、十字に交まじわった真まん中なかに、そっと、かにを置おきました。

 すると、あっという間まに、かには逃にげ出だし、草くさむらの中に隠かくれてしまいました。

 でも、それでよかったのです。

 マルティンは、身みをかがめて、かにの足あしあとを調しらべると、いいました。

「よし、南だ。山やまの方へ行いこう」

夢ゆめの鳥とり

 バチチェの町まちを過すぎると、一面いちめん、緑みどりの野菜畑やさいばたけの中なかに、ぽつんと一ひとつ、白しろい学校がっこうが見みえてきました。

 校庭こうていには、きっと、ホセ・マルティ(の像)が子こどもたちを待まっているでしょう。キューバの子どもたちならみんな知しっています。マルティはキューバ独立どんりつの英雄えいゆうです。

 もく、もく、と高たかい煙突えんとつから煙けむりを吐はいているのはウンベルト・アルバレス製糖工場セントラルで、やがて、グァシマスからサレの町の曲まがり角かどに出でて、カンテル通どおりに入はいっていきました。

 

 キリビーン、キリビーン、キリビーン!

 

 アスレホはとてもたのしそう。アンテナのように大おおきく揺ゆれるシサールの頭あたま飾かざりが、すっかり気きに入いったのか、両側りょうがわに大王だいおうやしやピニョン松まつが続つづく道みちを、さっそうと走はしります。朝あさも明あけたばかり、お日様ひさまは、まだ、やさしい黄金こがね色いろにほほえんでいます。

 

 マルティンは詩人しじんにでもなったつもりか、上機嫌じょうきげんで歌うたいはじめました。子どもたちは、目めを、きら、きら、輝かがかせ、まわりのけしきに見とれています。

 と、いたずら犬いぬが、ひょいと馬車ばしゃの運転台うんてんだいに飛とび移うつりました。遠とおくにマリポサヒワが飛とんでいるのを見つけたのです。

 

 キリビーン、キリビーン、キリビーン!

 

 プレシオソといって、スペインの植民地しょくみんち時代じだいにつくられた古ふるい製糖せいとう工場こうじょうのあとには、びっくりすることが、みんなを待まっていました。百年ひゃくねん以上いじょうもたっていそうな大きなセドロ西洋杉の木きがあって、てっぺんに、なんと、大凧おおだこのように羽はねを広ひろげた大きな鳥とりがいたのです。

 石いしのように固かたそうなくちばし嘴、麦むぎわらを編あんだような模様もようの入はった太ふとい足、折おり紙がみでつくったような鮮あざやかな赤あかいとさか鶏冠。そして、これも赤く透すき通とおった四角しかくい翼つばさ。

 それだけではありません。尾っぽは、たっぷり五十メートルはあるようです。緑色のしなやかな一本の羽根はねでできていて、先さきっぽに、黄色きいろい菊きくの花はなに似にたぼんぼりがついています。

 そして、鳴なき声の甲高かんだかいこと。

 みんなの驚おどろきようといったらありません。ところがどうでしょう、息いきを呑のんで、じっと様子ようすを見ていると、もう一つ、べつの声がするのです。

 

 フリルリ、フリルリ、フリルリ……

 

 短みじかくふるえるような鳴なき声ごえでした。

 

「ほら、あそこに、もう一羽いちわいる!」

 大きなやしの木を、アスリンが指ゆびさしました。

 見ると、大枝おおえだに、きらきら光ひかる美うつくしい鳥が羽はねを休やすめています。

 体からだが重おもいのでしょう。枝は大きくしなっています。翼つばさは霜しもにおおわれたように真まっ白しろで、胸むねからお腹なかにかけて、やわらかそうな白い羽毛うもうに包つつまれ、足あしの指ゆびは黄色きいろく、爪つめは長ながくて黒くろみかがった紫色むらさきいろをしています。

 そして、フリルリ、フリルリ、と鳴なきながら、尾っぽを噴水ふんすいのように高く大きく広ひろげるのです。

 

 しばらくすると、セドロの木にとまっていた一羽が飛とび立ちました。ゆうゆうと、首くびを左右さゆうにふりながら、透すき通とおった四角しかくな赤あかい翼をいっぱいに広げ、尾っぽを風かぜに長くなびかせ、空そら高く舞まい上あがっていきました。

 

 すると、もう一羽も飛び立たちました。

 きら、きら、輝きながら、独楽こまのように、ぐる、ぐる、舞まい上あががる姿すがたは、まるで竜巻たつまきのようで、あっという間まに、先さきの一羽に追おいつくと、二羽、仲良なかよく並ならんで、雲くもの向むこうに消きえていきました。

 

「ねえ、あの鳥の巣すをさがそうよ」

 といったのはアスロサでした。

「そうしよう、そうしよう」

 アスリンも乗のり気きのようです。

 でも、マルティンは素直すなおに賛成さんせいできません。子どもの木登きのぼりは危あぶないし、二人を、野次馬やじうまでなく、ほんとうの勇気ゆうきある子どもに育そだてたかったからでした。

 

 子どもたちは、いたずら犬をつれて、古い製糖せいとう工場こうじょうの探検たんけんに出でかけました。

 丘おかに続つづく一本道いっぽんみちを上のぼっていくと、大きな石いしの門もんがありました。藤ふじや葛くずの蔓つるがいっぱいからみついています。

 気がつかないうちに、ずいぶん上ってきたようです。ふり返かえると、浜辺はまべも、さとうきび畑ばたけも、みんな遠とおくに霞かすんで、馬車ばしゃも、おもちゃのように小ちっちゃく、馬のアスレホも黄金虫こがねむしぐらいにしか見えません。

 

 手てをつないで、二人は、くずれかけた門の端はしっこから中なかをのぞいてみました。さっきのセドロの木と同おなじくらい、大きな木がいっぱい茂しげっています。石につまずかないよう気をつけながら中に入り、あちこち、木の上に鳥の巣すがないか調しらべて回まわりました。

「ほんとに静しずかねえ、お兄にいちゃん」

 アスロサがいいました。

「こわいのか?」

 アスリンがふり向むきました。

「そんなことないわよ」

 アスロサは意地いじっ張ぱりでした。

 

 細ほそい道みちをまっすぐ進すすむと、突つき当あたりに、古ふるぼけて煤すすっぽくなった建物たてものがあって、屋根やねの梁はりに上のぼると、そこは、もう枝えだに手てがとどく高たかさで、あたりがよく見渡みわたせました。

 アスロサは、アスリンの腕うでをぎゅっとつかんで、指ゆびさしました。

「ほら、あれ! さっきの、きら、きら、光ひかってた鳥の巣すじゃない? きっとそうよ」

 アスロサは、自信じしんたっぷりです。

「もっと近ちかくに行いってみよ」

 

 そういって、庇ひさしの端はしまで行くと、巣の中に卵たまごがあるのが見えました。つるんつるんとして、まん丸まるい、オレンジぐらいもある大きな卵たまごでした。

 アスロサは、びっくりして、目をぱちくりさせています。

「ほら、あそこにもあるわよ! 大凧鳥おおだこどりの巣よ、きっと」

 草くさを集あつめてつくったのでしょう、巣の中には卵がいっぱい並ならんでいました。

 でも、おかしなことに、もう一つの巣の中の卵は、まん丸まるではなく、みんな角張かどばった賽子さいころのような形かたちをしています。おまけに、一ひとつ一つに、1、2、3、4……と12までの数字すうじが書かいてありました。数字が大きくなるにつれて、形も大きくなっているのです。

 

 グァウ、グァウ、グァウ!

 

 突然とつぜん、大きな鳴なき声ごえに、いたずら犬はびっくりして、うーうっ、と身構みがまえました。

 見上げると、大きな鳥が二羽わ、二人に向むかってきます。一羽は不思議ふしぎな尾っぽを後うしろになびかせ、ぴこ、ぴこ、頭あたまをふりながら……、そして、もう一羽は、全身ぜんしんが彗星すいせいのように、きら、きら、光ひかっています。

 ころげるように、二人は製糖工場を逃にげ出だし、麓ふもとまで駆かけ下おりると、マルティンは、大急おおいそぎで二人を馬車に引ひっ張ぱり上あげ、ぴしっ、アスレホのお尻しりに鞭むちを入いれました。

 

 キリビーン、キリビーン、キリビーン!

眠ねむりの村むら

 アスレホは、力ちからいっぱい駆かけました。

 そして十キロも走はしると、子どもたちにも笑顔えがおが戻もどり、さっきの不思議ふしぎな鳥とりの話はなしで持もちきりになりました。

 いたずら犬いぬは尾おっぽをふりふり、馬車ばしゃの中なかを走はしり回まわります。アスレホは、マルティンが手綱たずなを引ひくと、少すこしだけ、スピードをゆるめました。

 

 とある村むらにたどり着ついたのは、夕方ゆうがたも五時近ちかくのことでした。まるで絵本えほんの中から抜ぬけ出だしたようなかわいい村で、奇妙きみょうなことに、どの家いえの屋根やねも、瓦かわらがドミノ・パイで、雨戸あまどはみんな羽根はねでできていました。白しろや、カティ・インコのような緑色みどりいろ、きじばとのような灰色はいいろなどさまざまで、どれもきつつきの翼つばさのように縞しま模様もようが入はいっています。縞の色はカナリアやつぐみのそれと同おなじでした。

 不思議なことに、風かぜが吹ふくと、羽根がふるえ、歌うたを歌っているように聞きこえるのです。

 だから、村じゅう、とてもたのしそう。でも、一ひとつだけ困こまったのは、春はるになると、羽根がみんな、どこかに飛とんでいってしまうことでした。

 村の中は、かたつむりのように、一本道いっぽんみちが、ぐる、ぐる、渦うずを巻まきながら村の中心ちゅうしんに続つづいていて、まん中には、回転かいてん木馬もくばのある小ちいさな広場ひろばがありました。

 いつもなら、子どもたちが遊あそんでいる時間じかんなのに、一つの影かげもありません。つい、気きをとられたアスレホは、街灯がいとうに馬車をぶつけて、片方かたほうの車輪しゃりんがはずれてしまいました。しかたがありません、みんなは馬車から降おりて、修理しゅうりすることにしました。

 

 真まっ先さきに飛とび降おりたのがいたずら犬です。ううっ、と歯茎はぐきをむき出だして、すごい顔かおをしています。

「どうしたんだろう?」

 マルティンが子どもたちの方ほうを見ると、アスリンが指ゆびをさしています。

「あそこの庭にわに、犬がいるんだよ」

「でも、あの犬、つながれてるわよ。それに、眠ねむってる」

 アスロサがいいました。

「なんだかおかしいな、ここは……。ほんとに、ちょっとへんだよ」

 マルティンは、あたりを見回みまわしながら、心配しんぱいそうにいいました。

 奇妙きみょうな静しずけさでした。一匹いっぴきの蠅はえの羽音はおとも、まるで雷鳴かみなりのように大きく響ひびくのです。

 といっても、だれも住すんでいないというわけではなさそうです。あちこちに、人の姿すがたも見かけます。ところが、みんな、銅像どうぞうのようにじっと固かたまったまま……。

 商店街しょうてんがいもあって、お店みせも並ならんでいるのに、お客きゃくも店の人ひとも身動みうごき一ひとつしません。揺ゆりかごの中の赤あかちゃんも、だだをこねて泣ないているのに、まったく動うごかないし、泣き声ごえも聞きこえません。そしてお母かあさんも、パントマイムのように釘付くぎづけに、ぴたりと止とまっているのです。

 電柱でんちゅうに上のぼって工事こうじをしている人も、止まったまま。肉屋にくやさんもパン屋さんも、ウェディング・ベールをつけてブーケを手てにした花嫁はなよめさんも、マネキン人形にんぎょうのようにじっとしています。

 左官屋さかんやさんは、こての上うえに漆喰しっくいを山やまのように盛もり上あげたまま。鍛冶屋かじやさんは金床かなどこの上にハンマーをふり下おろろそうとした瞬間しゅんかんのまま、じっとしていて、鳩はとの群むれも、空中くうちゅうで翼つばさを広ひろげたまま。

 学校がっこうからは子どもたちの話はなし声ごえも聞きこえません。なにもかもが博物館はくぶつかんの蝋ろう人形にんぎょうのようにちっとも動うごかないのです。

 

 マルティンは、わけがわからなくて、頭あたまを抱かかえ込こんでしまいました。

「みーんな、お化ばけじゃ、な、い、の?」

 いたずら犬は、そうっといいました。

「そんなはずないでしょ」

 えらそうにいったものの、アスロサもこわくてたまりません。

「死しんでなくても、ずっとあんなふうにしてたんじゃ、そのうち、きっと死んでしまうよ」

 いたずら犬は臆病おくびょうなのに、もっともらしいことをいいます。

 

「そういえば、この村には、お墓はかがないね」

 アスリンがいいました。

「たしかに、そうだな」

 マルティンもうなずきました。

「どうしてなの、どうして?」

 アスロサは興味きょうみ津々しんしんです。

 

 それからも、三人は、ああでもないこうでもないといい合あいました。しかし、いい答こたえも見つからず、しゃべり疲つかれてしまいました。そこで、ひとまず村のことは放ほおっておいて、とにかく、壊こわれた馬車の修理しゅうりを急いそぐことにしました。

小人こびとのダマソ

 馬車の修理が終おわったところで、今度こんどは宿やどさがしです。でも、どこをあたればいいのか、見当けんとうもつきません。しかたなく、だれか、出会であった人ひとに教おしえてもらうことにしました。

 

 キリビーン、キリビーン!

 

 馬車は、一本道いっぽんみちを、ぐる、ぐる、回まわり、かたつむりの村から出でていきました。

 最初さいしょに出会であったのは、背中せなかをくの字じに曲まげて、大きな、さとうきびの束たばを背負せおった小人こびとでした。髭ひげもじゃで、長ながいげじげじ眉毛まゆげが、やしの葉はのように、まぶたの上まで垂たれ下さがっています。馬車に乗のったみんながめずらしかったのか、にらむように、こっちを見ていました。

「どこへ行くんだい?」

「冒険ぼうけん旅行りょこうさ。けど、今晩こんばん泊とまるところがないんだよ。どこか知しってたら、教おしえてくれないかな」

 すると、突然とつぜん、

「ダマソ・コルンピオ! ダマソ・コルンピオ!」

 げじげじ眉毛が大声おおごえを上あげました。

「わしゃあ、ダマソ・コルンピオ。コルンピオは揺ゆれるブランコ」

 いたずら犬は、自動車じどうしゃのバンパーのようなげじげじ眉毛にびっくりして、尾おっぽをすぼめて、きゃん、きゃん、吠ほえたてます。

 でも、親切しんせつに、ダマソは宿やどを教おしえてくれました。

 宿は、サレという町まちとカンテルという町の中間ちゅうかんにあるが、一晩ひとばんぐらいなら、サレとカンテルでも休やすむところはあるというのです。

 そして、さっきの村は「眠りの村」といって、だれもそこに行いこうとしないし、旅人たびびとも、たとえ、どんなに喉のどが渇かわいていても、けっして井戸いどの水みずは飲のまないらしいのです。

 なんだか、不思議です。

「そんな名前なまえの村があるなんて、聞きいたこともないわ。あたし、地理ちりは得意とくいなんだから。いつも十点じゅってん満点まんてんよ」

 アスロサは胸むねを張はりました。

「うそつけ。六点ばっかじゃないか」

 すかさず、アスリンがいいました。あとは喧嘩けんかです。

「ちがうわ、十点よ!」

「いや、六点だよ!」

 すると、

「十六点じゃ!」

 頭あたまの上で、さとうきびの束たばを、くる、くる、回まわしながら、ダマソがいいました。

「十足たす六は十六じゃろ。わしのさとうきびはもっとあるぞ」

 

 あきれて、マルティンが割わって入はいりました。

「地理の点数てんすうなんて、どうでもいいじゃないか。それより、ダマソ、眠りの村のことをもっとくわしく教おしえてくれないか」

 いま出てきたばかりの村のことを、もっと知しりたかったのです。どうして地図ちずにも載のっていないのか、不思議でたまりません。

 

 ダマソは、マルティンに少すこしでも近ちかづこうと、ひょいっ、とさとうきびの束の上に乗っかりました。背せが低ひくいので、声こえが届とどかないと思おもったのです。

「眠りの村が、かたつむりのようになったのにはわけがある。くる日ひも、くる日も、つむじ風かぜが吹ふいたからなんじゃ」

 話はなしというのはこうです。

 吹き続けていたつむじ風は、ある日、村人むらびとたちがまだ眠っているうちに、すうっと止やんでしまいました。あたりは真まっ暗くらなまま。そうして朝あさになると、道の両側りょうがわに、羽根はねとドミノ・パイでできた家いえが渦巻うずまき状じょうに並ならんでいました。

 村人たちは、みんないい人ばかりで、サレやカンテルからもたくさん、人がやってきました。

 ところが、三日みっか目めから様子ようすがおかしくなりました。不思議なことに、村人も動物どうぶつも、草くさや木きも、みんな眠りはじめたのです。

 それからというもの、一日のうち二時間じかん、昼ひる過すぎの二時から四時までの間あいだ以外いがいは、村のみんなは、眠ったまま、動うごかなくなってしまったのです。

 

 ダマソの話は不思議なことばかりで、聞いていると、ますます興味きょうみがそそられます。

「みんな、井戸いどの水みずを飲のんだんじゃな。すると、どうじゃ、一日に二十二時間も眠りこけてしまう病気びょうきになってしもうた」

「………」

 みんなは、じっと耳を傾かたむけます。

「つまり、一日のうち、たった二時間のうちに、なにもかもやってしまわんといかんというわけじゃ。子どもを産うんだり、結婚式けっこんしきを挙あげたり、学校がっこうに行いったり、ダンスをしたり、引ひっ越こしをしたり、花はなに水みずをやったり、風呂ふろに入ったり、もちろん、仕事しごとをするのも、犬の散歩さんぽをさせるのも、二時間のうちにやってしまわんといかん。おまけに、みんな、体からだが小ちいさいときておる。じゃから、なにをするにも駆かけ足あしでな。死しぬ暇ひまもないというわけじゃ。そういやあ、こんなこともあったな」

 それを、マルティンがさえぎりました。

「ちょっと待まってくれ!」

 そうでもしないと、ダマソの話はなしはどんどん先さきに行ってしまいます。

「続つづきはあとにして、まず、その、目めを覚さましている二時間というのはどうなっているのか、教おしえてくれないか」

 

「おお、そうか、そうか」

 待まってましたとばかり、ダマソは続けました。

「まず、目が覚めると、すぐに前まえの日の続きをやるんじゃな。とにかく体が小さいんで、たとえば、駅えきに行くだけでも一いっ週間しゅうかんはかかる。じゃが、汽車きしゃの方ほうも、ほんの数すうキロ走はしると、また、同おなじところに戻もどってきよるから、ぐずぐずしとると、汽車の方がぐるりと一回ひとまわりして戻ってくる、ということもあるんじゃな」

「なるほど、なるほど」

 といったものの、どういうことか、よくわからないまま、マルティンはうなずきました。

「もっと知しりたいか?」

「いや、いや、もう十分じゅうぶん、十分」

 マルティンは、ダマソのおしゃべりにちょっと疲つかれ気味ぎみ。

 それでもダマソは、

「遠慮えんりょせんと、なんでも聞きいてみろ」

 さとうきびの束たばの上うえを、ぴょこ、ぴょこ、飛とび跳はねながら催促さいそくします。

「わしゃあ、なんだって知しっておる。魔法まほう使つかいのグラン・マゴのことも、まだ話はなしてはおらんかったな。Rが二ふたつ並ならんだ、cigarro葉巻、barril樽。フェファ、フォファ、ブファ、ベファ! S、S、S! Sがヒューヒュー、口笛くちぶえ吹ふいて飛び出しおった」

 

 さっぱり意味いみのわからない、けれどけっこうおもしろい、ダマソのおしゃべりは雨あめのように、みんなに降ふりそそぎます。ずぶ濡ぬれになったアスリンはかつらをしぼりました。すると、どうでしょう。RRやFやSやら、アルファベットが、口くちからも鼻はなからも飛び出しました。

 それだけではありません。それを見て、笑わらい転ころげているアスロサのブラウスからも、マルティンの鞭むちからも、アスレホの背中せなかからも、アルファベットがいっぱい飛び出てくるのです。

 そのときです。大きく一つ、ダマソが手てをたたくと、

 

 キリビーン、キリビーン、キリビーン!

 

 びっくりしたアスレホが走り出し、ダマソのさとうきびの束が、道みちの真まん中なかに転ころがりました。

いたずら犬いぬの冒険ぼうけん

 カンテルの町まちにたどり着ついたときには、日ひもとっぷり暮くれていました。

 別荘べっそう風ふうの大おおきな屋敷やしきがあって、ベランダの手てすりの彫刻ちょうこくがみごとです。うっそうとした松林まつばやしに囲かこまれ、薔薇ばらやもくせい木犀、薬草やくそうのカーニャ・サンタや、トロンヒル香水ハッカの香かおりも甘あまくただよってきます。パティオ中庭には、すももやマンゴやサポテが、いっぱい実みをつけていました。

 

 町の人ひとたちは、マルティンたちをサーカスの一団いちだんだと勘違かんちがいしたようです。無理むりもありません。馬車ばしゃや馬うままで水色みずいろに塗ぬり、派手はでな格好かっこうでやってきたのですから……。年老としおいた先生せんせいは、砂金石さきんせきのボタンのついたまっさらなリンネルの上着うわぎを着きて、若者わかものたちはランプを持もってお出迎でむかえです。

 

 マルティンは上機嫌じょうきげん。まるで凱旋がいせんの英雄えいゆうにでもなったかのように、これまでの出来事できごとを話はなしはじめました。

 古ふるい製糖せいとう工場こうじょうで大凧おおだこ鳥どりをさがし回まわったこと、眠ねむりの村むらでのこと、げじげじ眉毛まゆげのダマソのことなど、休やすみなく、立たて板いたのように。でも、だれも、いやな顔かお一つしません。そうです。カンテルの人たちは、もてなし上手じょうずなことでは世界一せかいいちだったのです。

 こうして大歓迎だいかんげいを受うけたマルティン一行いっこうは、村はずれの別荘べっそうで一夜いちやを過すごすことにしました。深ふかい木立こだちに囲かこまれた大きな屋敷やしきで、ちょっと古ふるぼけているからでしょう、なにか不思議ふしぎなことが起おこりそうです。

 

 着つくと、すぐにアスレホを、草くさが食たべられるよう馬車ばしゃから放はなしてやりました。そして、マルティンと子どもたちは、かつらを脱ぬぐと、斧おのとランプを手てに、炊事すいじ用ようの薪たきぎさがしに出でかけました。

 いたずら犬は馬車を見張みはるために、一人、お留守番るすばん。でも、上機嫌じょうきげんでした。庭にわには、ばったやいろんな虫むしたちが遊あそんでいたし、小鳥ことりたちも、へんな色いろをしたわん公こうだ、といわんばかり、めずらしがって近寄ちかよってくるのです。

「あんた、だれ?」

 首くびの黄色きいろいむくどりが、警戒けいかいしているのでしょう、少すこし距離きょりをおいて、話しかけてきました。

「おれは、スンバスランガ。お月様つきさまからやってきた」

 いたずら犬は、すまし顔がおで大嘘おおうそをつきました。

 そうとも知しらず、興味きょうみ津々しんしんの小鳥ことりたちは、どうしてカンテルまでやってきたのかたずねます。

 いたずら犬は、また嘘をつきました。小鳥たちを驚おどろかせてやろうと歯茎はぐきをむき出だしに。

「おまえたちを捕つかまえにやってきたあー。おれは、小鳥の羽根はねで家いえをつくるんだあー」

 小鳥たちはびっくり仰天ぎょうてん、一羽いちわ残のこらず、空そら高たかくに逃にげていきました。

 すっかり満足まんぞくしたいたずら犬は、馬車の中なかに体からだを小ちいさく丸まるめると、うと、うと、眠ねむってしまいました。

 

 気きがつくと真夜中まよなか。薄墨うすずみを流ながしたような闇空やみぞらに星ほしたちは、それぞれ、思おもい思いに、青あおく、白しろく、輝かがやいています。未知みちの世界せかいを冒険ぼうけんしている気分きぶんで、いろいろ想像そうぞうしていると、いたずら犬はすっかり目めが覚さめてしまいました。

 だれもいない別荘べっそうに一人ぼっち。

 おまけに、あたりは真まっ暗くら。木立こだちを吹ふき抜ぬける風かぜも、ひゅー、ひゅー、とかなしそう。思わず、目を、ぱちくり、あたりを見回みまわすと、毛玉けだまのように体を丸く縮ちぢこめました。

 

 ティク、ティク、ティク!

 クロッ、クロッ、クロッ!

 チュイ、チュイ、チュイ!

 

 どこかで、へんな音おとがします。

 いたずら犬は、じっと声を殺ころして身みを潜ひそめていましたが、がまんできなくなり、ぴょん、と一ひとっ飛とび、馬車の中に隠かくれました。でも、頭あたま隠かくして尻しり隠かくさず、ふさふさの尾っぽは外そとにはみ出たまま。

 おそるおそる馬車のかげから、そっとのぞくと、おかしな仮面かめんをかぶった道化師どうけしが三人、ぴょこ、ぴょこ、飛とび跳はねながら歌うたっています。

 

 道化師どうけしのホアンが

 ちっちゃい時計とけいを買かったとさ

 金きんの時計かな

 銀ぎんのかな

 銅どうのかな

 それとも、水時計みずどけいかな

 

 いたずら犬は、夢ゆめじゃないかと、目をぱちくり。

 よく見ると、お化ばけたちは手がすごく長ながくて、足あしは、のしいかのようにぺっちゃんこ。鈴すずを鳴ならし、ブリキの笛ふえを吹ふきながら、輪わになって踊おどっているのです。頭あたまには、だらりと折おれ曲まががった帽子ぼうしをかぶっていました。

 道化師どうけしのホアンが

 ちっちゃな時計を買ったとさ

 砂糖さとうでつくった時計かな

 生なまクリームの時計かな

 それとも、アイスクリームのかな

 いや、いや、なんでもない、つまらないものさ

 

 いたずら犬は勇気ゆうきを出して聞きいてみました。でも、ぶる、ぶる、ふるえが止とまりません。

「あ、あ、あなた、た、たちは……?」

 三人のお化ばけたちは、そろって答こたえました。

「犬食いぬくいだぁー!」

 いたずら犬は大声おおごえで叫さけびました。

「たすけてぇ!」

 お化けたちは、馬車を、ゆさ、ゆさ、揺ゆすりはじめました。

 もうおしまいだぁ、いたずら犬は覚悟かくごを決きめました。

三人さんにんの道化師どうけし

 いたずら犬の叫さけび声ごえを聞きいて、マルティンは、子どもたちといっしょに、大おお急いそぎで戻もどりました。

 でも、馬車ばしゃの運転台うんてんだいから、いたずら犬の尻尾しっぽがのぞいているだけ。少すこしの変かわった様子ようすもありません。

「おい、どうしたんだ?」

 いたずら犬は腰こしが抜ぬけてしまったのか、操あやつり人形にんぎょうのように、手も足あしもよれよれで、ぶる、ぶる、震ふるえながら馬車から降おりてきました。

「い、い、犬いぬ食くいだよぉー。こんな、大おっきいのが、三みっつも!」

「なにいってんだ、夢ゆめでも見たんだろ。どこにもいないじゃないか」

 アスリンが馬車のまわりを見回みまわすと、

「ばか犬ね、ぼやぼやしてるからよ」

 アスロサが悪あくたれ口ぐちをたたきました。

 マルティンは、ランプを顔かおの前まえに高たかくかざしながら、パティオや近ちかくの草くさむらを調しらべて回まわりましたが、どこも変わったところがありません。

「こわい夢ゆめでも見たんだろう」

 さらりといいました。

「おまえの頭あたまのねじを修理しゅうりしてくれるお医者いしゃさんをさがさないとな。カンテルにも、一人ぐらいはいるだろう」

 すると、どうでしょう。

「ここにいるよ!」

 どこからか、声がするのです。

「いや、こっちだよ!」

 すると、もう一つ。

「ほら、こっち、こっち!」

 三つ目の声も。

「だれだ!」

 マルティンが声の方にランプをかざすと、三人の道化師が現あらわれました。

 

「ぼくは、1・2です」

 一人目の道化師が、一歩いっぽ前まえに出て、あいさつしました。

「ぼくは、2・3」

 二人ふたり目めは、小ちいさくおじぎをしました。でも、もう一人はなにもしないで、突つっ立たったまま。

「ぼくは、3・4だよ」

 マルティンと子どもたちはびっくり仰天ぎょうてん。なんと、1・2の上着うわぎの胸むねには、心臓しんぞうが逆さかさまにくっついているのです。2・3は? と見ると、こちらは二つ。そして、3・4の心臓ときたら、カシューナッツのような形かたちをして、どきんと脈打みゃくうつたびに、真まっ赤かになったり、少しうすいピンク色いろになったりします。

 道化師たちは、いいました。

「グァシマスでショーをしてたんだけど、シクロン台風にテントを吹ふき飛とばされちゃってさ。しかたがないよ、ずっと野天のてんでショーをしながら、あちこち、旅たびをしてるってわけさ」

 マルティンと子どもたちは気きの毒どくになり、三人を夕食ゆうしょくに招待しょうたいすることにしました。

 

 1・2が、マルティンのかつらから、はち蜂鳥どりを呼よび出だしたり、アスレホの耳みみからギターを取とり出だしたり、魔法まほうを使つかってみせると、ほかの二人は、フルートを吹ふきながら踊おどったり、とんぼ返がえりをしたり……、楽たのしいショーが終おわると、みんなはパティオに集あつまりました。あたりは明るい月の光でいっぱいです。

 マリポサヒワたちは、木きの上うえで眠ねむっていたところを起おこされ、眠気眼ねむけまなこで、しばらく、がや、がや、騒さわいでいましたが、やがて、また、木この葉はの雨あめが降ふるように、しんしんと眠ねむりはじめました。

 

 マリポサたちを起おこさないよう、みんなは焚たき火びのまわりに丸まるく輪わをつくり、腰こしを下おろして道化師たちの話はなしに耳を傾かたむけました。

 

 軒先のきさきから、かえる蛙が一匹いっぴき、鼻はなぺちゃ顔をのぞかせています。

 名前なまえはカシルダ。ずっとこのお屋敷やしきに住すみついているのですが、持もっていた蝋燭ろうそくの火ひを消けすと、みんなと同おなじように、道化師たちの話に耳をそばだてました。

1・2のゆかいなお話はなし

「さぁーて、みなさん、ある朝あさのことでした」

 1・2が話はなしはじめました。

 

 郵便屋ゆうびんやさんのピルレロは、どうすれば配達はいたつ鞄かばんをいっぱいにできるか、頭あたまをかかえていました。鞄の中なかには手紙てがみが一ひとつもないのです。

 おまけに、ちょっと酔よっぱらっていて、頭の中が、ぐる、ぐる、回まわって、自分じぶんが何人なんにんもいるような気分きぶんなのです。

 でも、名案めいあんが浮うかんだようで、金物屋かなものやさんに行いくと、缶切かんきりではなく、大おおきな紙袋かみぶくろにいっぱい、手紙と封筒ふうとうを買かってきました。

 ピルレロが働はたらいている郵便局というのは大きなポストでした。戻もどってくると、切手きってを一枚いちまい、自分に貼はり、階段かいだんを上あがると、小包こづつみのように、すっぽり、差さし入いれ口ぐちから中に入はいりました。そして制服せいふくを脱ぬぎ、普段着ふだんぎの、スタンプ柄がらのシャツに着替きがえると、机つくえに向むかって仕事しごとをはじめました。

 

「パンをちょうだい、パンをちょうだい」

 おうむが籠かごの中からうるさく催促さいそくしても、ピルレロは知しらん顔かお。だれかがやってきて、ドアを、とん、とん、たたいても出でようともしません。お昼用ひるように、火ひにかけていたごちそうもすっかり焦こげついてしまいました。

 と、にわか雨あめまで降ふり出だして、ポストの中は、あたり一面いちめん、雨漏あまもりだらけ。それでも、手てを止とめません。

 ピルレロのペンは、古ふるいがちょうの羽根はねペンでした。だからでしょう、先さきっぽをインキ壷つぼに入いれるたびに、がちょうが水遊みずあそびするように、インキがまわりに飛とび跳はねます。すっかり、ピルレロの体からだは、ほろほろ鳥ちょうのように斑まだらになってしまいました。

 

 机の上には、紙かみの書類しょるいが山やまのように積つまれていて、いろんなアルファベットが、あちこち自分勝手かってに散ちらばり、封筒の上に並ならべられるのを、退屈たいくつそうに、いまかいまかと待まっています。

 Rは灰皿はいざらにつまづいて足あしが折おれていました。Bはお腹なかがへっこんでPのよう。Wはひっくり返かえってMになり、Oは大きなあくびをして、まん丸まるになっています。だから、一人ひとりで、あっちへころころ、こっちへころころ、ボールのように転ころがり回まわっているのです。

 

 こうして夕方ゆうがたまでに、切手を貼はるのに四リットルも水みずを使つかってしまい、がちょうの羽根ペンもすっかり先がちびてしまいました。それでも、ピルレロは大だい満足まんぞく。手紙を鞄につめ込こむと、口笛くちぶえを吹ふきながら、家いえから家へと配達はいたつして回りました。

 

 その夜よ、村人むらびとたちはベッドに入るのがすっかりおそくなってしまいました。配達された手紙を、何度なんども何度も読よみ返かえしたからです。だれの手紙にも、「きみが好すき、忘わすれられない、キスしたい、抱だきしめたい、早はやく会あいたい」と、そんなことが書かいてありました。

 

 1・2の話はなしはこれでおしまい。

2・3のなぞなぞ

 木立こだちの間あいだから、お月様つきさまが顔かおをのぞかせると、カシルダの、どんぐりのようなまん丸まるい瞳ひとみが、きらりと光ひかりました。ピルレロの話はなしにすっかり夢中むちゅうになってしまったのです。続つづいて2・3の話も聞ききたくて聞きたくてたまりません。ちっちゃな手てで、ぱち、ぱち、拍手はくしゅ。その手の、かわいいこと、かわいいこと。

 ところが、どうしたわけか、2・3はあまり乗のり気きではありません。1・2の話と比くらべられるのがいやなのです。

「1・2の話なんて、嘘うそっぱちさ」

 馬うまの耳みみからギターを取とり出だしたり、かつらから、はち鳥どりを出したりするのも、トリックだというのです。

 そんな言いい訳わけばかりするから、みんな、がっかり。

「もう、やめろ! そんな話なんか、聞きたくないぞー」

 野次やじが飛とび交かいました。

 でも、そんな言い訳も、じつは、みんなに期待きたいを持もたせるよう、2・3が仕組しくんだ、それこそ、トリックだったのです。

 

 2・3は、なぞなぞが得意とくいでした。

 

「さあて、みなさん、海うみのなぞなぞでーす。水兵すいへいさんでない人ひとは、船酔ふなよいしないよう、酔い止どめ薬ぐすりを飲んでくださーい。さあ、船ふねが出でるぞー!」

 

  曲まがった骨ほねのおちびちゃん

  わたしはこっち、あなたはそっち

  いつも、たがいに半分はんぶんずつで

  けっして相手あいての方ほうには行いけません

 

 と歌うたうのですが、みんなはきょとんとして、まったく反応はんのうがありません。そこで、2・3は、やさしいヒントを出してみました。

「一時いちじには水兵さん、二時にじにはさびしがりやの船乗ふなのりさん、そして、三時さんじにはこわいものなしの船長せんちょうさん。わからないかな? そ、れ、は、かに!」

 

「かにはかにでも、ふつうのかにじゃない。それは、八本はっぽん足あしの羅針盤らしんばん」

 

 それでも、みんなはさっぱりのってきません。かにの船乗りなんて見みたこともない、と文句もんくをいうのです。

 

「こういうことだよ、みなさん」

 2・3がいいました。胸むねには、不思議ふしぎな花はなと心臓しんぞうが二ふたつついています。

「かにがいるのは砂すなの中なかでしょ。その砂はどこからやってくるのかな? そう、海うみだよ、海!」

あちこちで、ひゅー、ひゅー、いっせいに口笛くちぶえが鳴なりました。2・3はグァシマスでは人気者にんきものの道化師どうけしです。自慢気じまんげに、ふん、と鼻はなを鳴らすと、なぞなぞを続つづけました。

 

  水みずの中

  そっくり双子ふたごの兄弟きょうだいが

  ちぐはぐにならないよう

  調子ちょうしを合あわせて泳およいでいく

 

「櫂かいのことかな?」

 自信じしんがないのか、アスロサは小ちいさくいいました。

「大当おおあたり!」

 

「いいぞ、その調子。もう一丁いっちょういってみようか」

 

  背中せなかの曲まがった子こどもが一人

  浜辺はまべで元気げんきに海水浴かいすいよく

  水に躍おどると、大好物だいこうぶつをつかまえた

 

「釣つり針ばり!」

 と、アスリンは得意顔とくいがお。

「いゃあ、りっぱりっぱ。じゃあ、こういうのはどうかな?」

 

  海の底そこ

  固かたく口くちを閉とじた箱はこが沈しずんでる

  中にはひっそり

  真まっ白しろドレスの王女おうじょ様さま

 

「どうせ、今度こんども、かにだろ」

 いたずら犬いぬは、ふてくされて、どこかへ行いってしまいました。

 

「真珠しんじゅだよ、真珠!」

 だれかが答こたえたそのときでした。お月様が雲くもの中に隠かくれました。と、ごろ、ごろっ、雷かみなりが鳴なり響ひびき、大粒おおつぶの雨あめが落おちてきました。

 2・3は、両手りょうてをラッパのように口に当あて、大声おおごえを張はり上あげました。

「テントをたたんで、家いえの中に入はいるんだ!」

 

 結局けっきょく、3・4の話は聞きけずじまい。じつは、もうずいぶん前まえから3・4は、こっくり、こっくり、ゆうら、ゆら、船ふねを漕こいでいたのです。

嵐あらしの夜よるの訪問者ほうもんしゃ

 夕立ゆうだちがひどくなってきたので、キャンプは中止ちゅうし。

 眠ねむったままの3・4をおっぽったまま、みんなは、馬車ばしゃを押おして軒下のきしたに入いれると、雨あめに濡ぬれないようアスレホを柱はしらにつなぎ、だれもいない別荘べっそうの中なかに入はいりました。

 ぎいっ、と玄関げんかんの階段かいだんが不気味ぶきみな声こえで鳴なきました。けれど、気きにしない。まっすぐ進すすんで奥おくの食堂しょくどうに入ると、ランプを置おいて、みんなでテーブルを囲かこみました。

 外そとは、滝たきのような雨で、真まっ暗くらな空そらに、ときどき、ぴかっ、と稲妻いなづまが走はしります。次つぎの瞬間しゅんかん、どーんっ、とどこかに雷が落おちました。びり、びりっ、建物たてものがふるえ、がら、がらっ、なにかが壊こわれる音おとがしたかと思おもうと、さーっ、と風かぜが吹ふき抜ぬけ、ランプの火ひが消きえました。

 

 とん、とんっ!

 ドアをたたく音がします。

 

 とん、とんっ!

 また、聞きこえました。

 

 そして、もう一度いちど。

 とん、とんっ!

 

 ぶる、ぶるっ、みんなは、思おもわず身みぶるい。

 

「だれか、道みちに迷まよったのよ、きっと」

 椅子いすの上うえに、小ちいさく膝ひざをかかえながら、アスロサがいいました。

「こわがることなんかないさ」

 アスリンは胸むねを張はりました。

「そうだよ」

 いたずら犬もいいました。でも、歯はが、がち、がち、鳴っています。

 

「どうする? 開あけようか」

 マルティンは道化師どうけしたちにたしかめました。でも、三人は、暗闇くらやみの中でも、おどけ顔がおのまま。

「雷の音がうるさくって、なんにも聞こえないよ」

 と、知しらんぷり。

「とにかく、ドアを開けてみよう。このまま黙だまっていても、どうにもならんだろう」

 マルティンは、ランプをとって火を点つけると、ゆっくりドアの方ほうに歩あるきました。

 玄関の方、暗闇くらやみの中でなにかが動うごきました。

 

「こ、こんばんは」

 マルティンが声こえをかけました。

「こんばんは、じゃないだろ。この嵐あらしをなんだと思ってやがるんだ」

 すごいしわがれ声です。

 これは大男おおおとこかもしれんぞ、思わず、マルティンは身構みがまえました。

 けれど、まったく姿すがたが見みえません。とにかく、中に入るよう、すすめました。すると、どうでしょう、カウボーイの格好かっこうをしているではありませんか。

 太ふとっちょでもなく、やせっぽちでもなく、背丈せたけは一いちメートルぐらいか。鶏にわとりのようにいばり顔。かかとに拍車はくしゃのついた長ながいブーツを履はいて、パンタロンのお尻しりからはりっぱな尾おっぽが突つき出でています。腰こしには赤革あかがわのベルトを締しめ、なにかピストルのようなものをぶら下さげていました。

 

 男は、咳払せきばらいをしながら首くびのネッカチーフを締しめなおし、ずぶぬれのパナマ帽ぼうを脱ぬぐと、こつ、こつ、ブーツのかかとで床板ゆかいたを踏ふみ鳴ならし、がしゃ、がしゃ、拍車はくしゃを響ひびかせながら、胸むねの滴しずくを払はらいました。

 

「さあ、さ、どうぞ、どうぞ」

 マルティンは覚悟かくごしました。ほんとうは、夢ゆめの中なかにでも出でてきそうな、へんてこりんなカウボーイ男なんか、ごめんこうむりたいとねがっていたのですが、ひどい雨の中を追おい返かえすのも気きの毒どくです。

 

 食堂しょくどうに案内あんないすると、みんなは、びっくり仰天ぎょうてん。なにしろ、おんどりそっくりのカウボーイだったのです。

「みんな、トントンさんを紹介しょうかいしよう」

 まだ名前なまえも聞きいていないのに、トントンさんと、勝手かってに決きめていました。

 

 すると、どうでしょう。カウボーイは、腰の拳銃けんじゅうを抜ぬきざま、ランプめがけて一発いっぱつ、ぶっ放ぱなしました。

 火ひが消きえて、あたりは真まっ暗くら。食堂の中はパニック状態じょうたいです。

 

「動うごくな! キャンディーが飛とぶぞ」

 けら、けら、とトントンは大笑おおわらいです。

ピピシガージョ、おとしはいくつ?

 ぱん、ぱんっ、あたり一面いちめん、キャンディーが散ちらばりました。

 拾ひろって口くちに入いれると、パイナップル、アニス、レモン、そして、いちご味あじ……。

「いったい、何者なにものなんだい? きみは」

 マルティンがたずねると、

「ピピシガージョって、しがないやつさ」

 いばりん坊ぼうは、爪先つまさき立だって、肩かたをいからせながら名乗なのりました。

 

 ピピシガージョ?

 あのピピシガージョかい!

 

 そうです。ピピシガージョを知しらない子どもはいません。

 男おとこは、椅子いすにふんぞり返かえり、拍車はくしゃのついたブーツを自慢気じまんげに、テーブルの上うえに足あしを投なげ出だしました。

「ずいぶんむかしのことさ、おれは闘鶏場とうけいじょうにいたんだな。そうさ、あの頃ころはめんどりたちも、卵たまごを産うむだけの機械きかいじゃなかった。若わかいおんどりたちも、人ひとに喰くわれるだけじゃなかった。知ってるかい? 闘鶏とうけい、ってな、りっぱな生いき方かたもあったのさ。人間にんげんの男たちといったら、どいつもこいつも、目めの色いろを変かえてな。だから親方おやかた連中れんちゅうは、大儲おおもうけしたってわけさ」

 吐はき出だすようにいいました。

「で、いまは、どんな仕事しごとをやってるの?」

「ああ、ピノス島とうで、畜産ちくさん計画けいかくの責任者せきにんしゃをやってらあ」

 鼻はなも高々たかだかに、爪先つまさき立だって部屋へやの中を歩あるきはじめました。

「じゃあ、放牧ほうぼくしたり、乳ちちをしぼったり、優良ゆうりょう種しゅの子牛こうしを育そだてたこともあるのかい?」

「まあ、似にたようなことはね」

 なにか秘密ひみつがありそうでした。

「畜産っていったって、おれのは特別とくべつなやつで、牛うしじゃない、亀かめなんだな。海うみみたいな広ひろい池いけに、何なん百匹びゃっぴきも、うじゃうじゃいる。あんなでっかい養殖場なんて、世界中せかいじゅうさがしたって、どこにもないぜ」

 

 ピピシガージョはとても話がうまく、よく聞きいてみると、なんと、今日きょうが誕生日たんじょうびで、三百さんびゃく歳さいになるというのです。ハバナがイギリス人じんに占領せんりょうされたことも知しっているし、ママ・テオドラやあのマティアス・ペレスに会あったこともあるらしい。

「まだ、おれも、ひよこのころだった。マリア・ラモスから有名ゆうめいなネコをプレゼントされたこともあったなあ。マリアは、マリカスターニャとずいぶん仲良なかよしだった。二人ふたりとも、べっこうのくしが自慢じまんでな、ネックレスやらイヤリングやら、山やまほど持もってたっけ」

 そんなことは、みんなにはどうでもよくて、どうしてカンテルにやってきたのか、アスリンがたずねると、「出会であいの街角まちかど」や「夢ゆめの塔とう」や「ちょっとおかしな店みせ」というのを見みたいから、というのです。

「えっ、そういうの、どこにあるの?」

 アスリンもアスロサも興味きょうみ津々しんしんです。

「カンテルとサレの中間ちゅうかんさ、眠ねむりの村むらにあるんだよ」

 そこで、マルティンは、行ってきたばかりの眠りの村でのことや、小人こびとのダマソから聞きいたことを、一つ残のこらず話はなしました。

 

「けど、あなたがいうような、そんな塔とうやお店なんか、どこにもなかったわよ」

 アスロサは信しんじられません。

「そんなことねえよ。地図ちずならどんな地図にだって、眠りの村はきちんと載のってらあな。なにかい? このおれが嘘うそつきだっていうのかい」

 ピピシガージョは、ちょっと臍へそを曲まげたようです。

「そんなこといってないわ。ただ、見かけなかったっていってるだけよ」

 アスロサはいい返かえしました。

「まぁ、見たけりゃ、おれといっしょにくればいいさ」

 

 そんな話を、カエルのカシルダは、食堂しょくどうの窓まどの下したで聞いていました。とても寒さむがりやで、肩かたにショールを巻まいています。

 

 ピピシガージョは、モロン養鶏ようけい会社がいしゃのあるトリグァノ島とうに行ったときの話をしました。すると、眠ねむりこけていた道化師どうけしの3・4が、自分じぶんの番ばんがきたと勘違かんちがいしたのか、突然とつぜん、跳はね起おきて、寝ねぼけ眼まなこで、なにやら、むにゃ、むにゃ、いいはじめました。

「ぼくも、ふわぁー、すっかり忘わすれちゃったけど……、あるところに、そう、むかしはきっと若わかかった……、一人のおばあさんが住すんでいました。それが、ある日ひ? いや、ある夜よのこと、いや、ちがった、ちがった、ごめん、そうではなくて、夕方ゆうがたでした。一人の女おんなの子が一匹いっぴきの亀かめを見みつけました。それで……、その亀には、それは、それは、きれいな紐ひもがくくりつけてありまして……、海賊かいぞくはいいました、ランプを消けしたのはおれじゃないぞおー」

 わけのわからないことをいっていたかと思おもうと、また、こっくり、こっくり、眠りはじめました。おかしくて、吹ふき出だしそうになるのを、ピピシガージョも、ぐっとこらえました。

夢ゆめの塔とう

 キ、キ、リ、キーッ!

 

 ピピシガージョのしわがれ声ごえで、みんなは目めを覚さましました。まだ夜よるも明あけていないというのに、拍車はくしゃのついたブーツもきちんと履はいて、じゃがいもを炒いため、コーン・スープをつくっています。

 マルティンと、子どもたちと、1・2は馬車ばしゃを点検てんけん、出発しゅっぱつの準備じゅんびにとりかかりました。

 

 キリビーン、キリビーン!

 

 みんなは、カタツムリの村むらに着つきました。

 でも、あたりはどこも、しーんとしたまま。パナマ帽ぼうのダマソは、小ちいさな緑色みどりいろの目めを、きょろきょろさせると、広場ひろばの近ちかくに、空そらをつんざくように頭あたまを突つき出だしている高たかい塔とうを見つけました。

 ピピシガージョは、門番もんばんにあやしまれないよう、用心ようじんするようにみんなに注意ちゅういしました。

「塔の中に、なにかあるの?」

 いたずら犬いぬは、こわくてたまりません。

「まあ、心配しんぱいするなって、かけ声ごえかけていこうぜ。それっ、いち、にー、いち、にー」

 

 塔は、まわりの壁かべがドミノ・パイでできていて、てっぺんには風見鶏かざみどりが、くる、くる、回まわっていました。

「おっと、だれかと思おもったら、おれの大祖父おおじいさんじゃねえか。あいさつしとかんとな」

 いうと、しわがれ声をふりしぼり、風見鶏に呼よびかけました。

 

 キ、キ、リ、キーッ!

 

 すると、どうでしょう。しんちゅうの風見鶏は、回るのを止やめ、大おおきな声でこたえたのです。聞きいたこともない、とてもさびのきいた声でした。

 そして、がんじょうそうな扉とびらが少すこし開ひらいて、中から、ゆったりとした真まっ白しろいローブを着きた、背せの高いおじいさんが現あらわれました。

 ぴか、ぴか、光ひかる銀ぎんの楯たてを手に、首には、きれいな魚さかなをいっぱい散ちりばめた、膝ひざにもとどかんばかりの長ながい首飾くびかざりを下さげています。白いあごひげはつやつやと、胸むねまで隠かくれるように長く伸のび、中には、小さなガラスの蜘蛛くもが、金きんの糸いとを吐はき出だしながら、わが家やをつくるのに一生懸命いっしょうけんめい。

 おじいさんは、深ふかくお辞儀じぎをすると、大きな声で歌うたいました。

 

  わしは夢の塔の番人ばんにんじゃ

  さあ、お入はいり、お入り

  みんな夢を見るがいい

  夢を見ればゆかいになれる

  楯も魚も、不思議ふしぎ、不思議

 

 みんなは、おじいさんのあとについて塔の中に入りました。

 赤紫あかむらさきの煙けむりのカーテンをくぐり抜ぬけると、大きな部屋へやの入いり口ぐちがありました。壁にはおじいさんが持もっているのと同おなじ楯が、いっぱい並ならんで、どれも、ぴか、ぴか、光っています。

 おじいさんは、また歌いました。

 

  楯には、一つ、一つ、ちがった夢

  夢は、不思議、不思議

 

 そして、みんなに向むかって、どれでも、好すきな楯をとって、夢を選えらぶようにいいました。

 いわれたとおりにすると、どうでしょう、ぴか、ぴか、光る銀の楯の中に、色いろとりどりのパノラマが現われました。見たこともないきれいなけしきや、すっかり忘わすれていたむかしのことが、ゆっくり、ゆっくり、流ながれる雲くものように見えてくるのです。

 

 いたずら犬は、兄弟きょうだいに会あいたい、と思いました。

 すると、すぐに四匹よんひきの子犬こいぬが現われ、浜辺はまべを楽たのしそうに走はしり回まわっています。うれしくなって、いっしょに跳とび回りました。

 

 とにかく、おどろくことばかり。

 旅たびの夢を見たいと思うと、とびっきりきれいなところを歩あるいているけしきになり、宇宙うちゅう旅行りょこうをしたいと思うと、すぐに、宇宙うちゅう服ふくを着きて宇宙船うちゅうせんに乗のっている気分きぶんになりました。宇宙飛行士ひこうしになって、月つきや火星かせいに飛とんでいき、クレーターや海うみの探査たんさをしているのです。

 

 アスロサはおもちゃの国くにの夢を見ました。黒くろや青あおい目をした赤あかちゃん人形にんぎょうが、山やまのように積つまれていました。

 

 カウボーイ男おとこは、ずっと前まえから、遠とおい遠い国くににいる仲間なかまに会あってみたいと思っていました。すると、氷こおりの家いえに住すんでいるイヌイットのピピシガージョが現あらわれました。

 かと思うと、闘牛士とうぎゅうしや、猛獣もうじゅう使つかいも現われました。どれもみんな、一メートルそこそこの背丈せたけで、にわとりそっくりの顔かおをして、お尻しりにみごとな尾おっぽがくっついています。

 

 マルティンの楯の中にも、ねがいどおりに、いろんなクラシックカーが列れつをつくってやってきました。もちろん、どの運転うんてん席せきにもマルティンが座すわっています。そして一番いちばん最後さいごに、おんぼろ車ぐるまが現われると、マルティンの目は涙なみだでいっぱいになりました。大好だいすきなあこがれの自動車じどうしゃだったのです。

 

 1・2は、というと、これも、ガルバンソ豆まめのような大粒おおつぶの涙を、ぽろぽろこぼしています。離はなればなれになった仲間なかまの夢を見ていたのです。

 仲間たちは楯の中で、つり輪わにぶら下さがったり、とんぼ返がえりをしたりして、たのしそう。つい、むかしを思い出して、涙が止とまりません。

 みんな、みんな、時間ときのたつのをすっかり忘わすれてしまいました。

 

 どこかで鐘かねが鳴なりました。

 すると、あたりは暗くらくなり、おじいさんが歌いました。

 

  夢の塔の

  夢の精せいも

  眠りについた

 

 真っ暗な中を、おじいさんの、きら、きら、光るあごひげをたよりに、塔の外そとに向むかかいました。小さなガラスの蜘蛛たちは、おじいさんのひげの中で、アラビア風ふうの、唐草からくさ模様もようの金の巣すをつくるのに大忙おおいそがしでした。

ちょっとおかしな店みせ

 夢ゆめの塔とうでの出来事できごとはびっくりすることばかりで、白しろひげのおじいさんのことや、魔法まほうの話はなしで持もちきりでした。

 ピピシガージョが話してくれた店みせに行いってみよう、といったのはアスロサでした。もちろん、マルティンも賛成さんせいです。

 

 渦巻うずまきの道みちを進すすみ、回転かいてん木馬もくばのある広場ひろばを通とおり過すぎ、日陰ひかげを選えらびながら走はしっていくと、交差点こうさてんの角かどに看板かんばんがぶら下さがっていました。

 

 〈ちょっとおかしな店〉

 

 中なかに入はいりましたが、べつだん変かわった店でもありません。封ふうをした封筒ふうとうがたくさん棚たなに積つんであって、カウンターやショーウインドには白いカバーがかかっています。

「ごめんくださーい」

 呼よんでも返事へんじがありません。

 でも、よく見ると、作業さぎょうズボンにセーラー服ふくの女おんなの子こがカウンターの向むこうに立たっていました。小枝こえだの飾かざりをつけた髪かみは肩かたまで伸のびていて、腰こしには、鷲わしの足あしを型かたどったバックルのベルトをしています。

 

「こんにちはー」

 女の子だからでしょう、愛嬌あいきょういっぱい、いたずら犬があいさつしました。

 でも、女の子は眠ねむったまま。

「いやだなあ、この人ひと、立ったまま、眠ってるよ」

 

 と、ぱっと、女の子は目を開ひらきました。けれど、二歩にほ進すすんだだけで、また、眠ってしまいました。

「しょうがないな、またにするか」

 マルティンはあきらめました。

 昼ひるを過すぎて一時いちじになりました。でも、やっぱり眠ったまま。

 ところが、二時にじになると、あちこちで、一人ひとりまた一人と起おきはじめ、やがて村むらじゅうがにぎやかになりました。みんな、昨日きのうの仕事しごとの続つづきをしています。

 

 セーラー服の女の子も仕事をはじめました。なにを売うっているのかたずねると、こういいました。

「こわいものだけ売ってるの」

「こわいもの?」

 さっぱりわけがわかりません。

「ほら、子どもたちって、いろんなものをこわがるでしょ。気味きみの悪わるい物音ものおとや、犬が吠ほえるのとか、お化ばけや、夜よる、だれかが戸とをたたく音とか、ねずみがものをかじる音や、こおろぎの鳴なき声ごえとか、それから……」

「それから、なに?」

 いたずら犬が、首くびを伸のばしていいました。

「とにかく、ここには、子どもたちのために、いっぱいこわいものがあるの。それがみんな、封筒ふうとうの中に入はいってる。子どもたちは、これを開あけてみて、中になにも入っていないのがわかると、勇気ゆうきが持もてるようになるってわけ。暗闇くらやみでも泣なかないし、なんでもないこともこわがらなくなるわ。こわいものなんかなにもないってわかるから、どんなものだって、見たり触さわったりできるようになるってわけ」

 

 いたずら犬は、うれしくなって、二本足あしで立たち上がると、手てをたたいて、女の子と踊おどりました。

「ねえ、ぼくにも封筒をくれないかな。ぼく、なんだってこわいんだ」

「じゃ、大おおきいのがいいわね」

「そんな大きいのはいらないよ。馬車ばしゃに積つめるぐらいがちょうどいい」

出会であいの街角まちかど

 その夜よ、かえるのカシルダは夫おっとのルフィーノと大喧嘩おおげんかしました。食事しょくじの支度したくをするのがいやだったからです。かの女じょは、道化師どうけしたちやピピシガージョの話はなしが聞ききたくて、夜よるになるとカンテルの古ふるい別荘べっそうに出でかけるのが日課にっかになっていました。

 

「いいこと、ルフィーノ」

 カシルダはちょっと強情ごうじょうになっていました。耳みみには金きんのイヤリングをつけ、肩かたにショールをかけています。

「いまは、女性じょせいも自由じゆうな時代じだいなの。わたし、進歩しんぽ主義しゅぎ者しゃなの。権利けんりがあるのよ、女おんなのわたしにも、自由の権利が。今夜こんやは、絶対ぜったい、食事しょくじなんてつくらないから」

 

「けどね、カシルダ」

 夫のひきがえるが話はなしかけようとしても、聞きこうともしません。

「じゃあ、わたし、出でかけるから。お鍋なべの黒くろ砂糖ざとうでもねぶってれば」

 吐はき捨すてると、暗闇くらやみに、さっと飛とび込こみ、みんなが集あつまっている広間ひろまの窓まどのところに跳とんでいきました。

 

 その夜は、夢ゆめの塔とうや、ちょっとおかしな店みせの話でした。いたずら犬は、空からっぽの封筒ふうとうの前まえでふんぞり返かえっています。もう、こわいものなんかどこにもない、といわんばかり。

 カシルダは時間じかんのたつのも忘わすれ、家いえに帰かえったときには、すっかり夜よも更ふけていました。夫のルフィーノはドアを開あけてくれません。しかたなく馬車ばしゃの中で夜よを明あかすことにしました。

 お昼ひるになりました。2・3は大きな声こえで歌うたい、3・4はそれに伴奏ばんそうをつけ、マルティンとアスロサとピピシガージョは、そろって合唱がっしょうしました。そんな様子ようすを、アスリンと1・2は、コックさんの帽子ぼうしをかぶり、エプロン姿すがたでポーチから眺ながめています。

「いいわよー、世界一せかいいち!」

 エールを送おくるとカシルダは、馬車の運転台うんてんだいによじ上のぼりました。とても見晴みはらしがいいのです。

 

 みんなが眠りの村をたずねるのは、もう三度さんど目め。一番いちばん手前てまえの交差点こうさてんで馬車を止とめ、あとは歩あるくことにして、ピピシガージョを先頭せんとうに、渦巻うずまき道みちに入はいっていきました。ピピシガージョは、交差点に出でるたびに、かれだけが知しっている不思議な目印めじるしをたしかめています。そして、ベルトをととのえ、ネッカチーフを締しめなおすと、自信じしんありげに、にやっと薄笑うすわらいを浮うかべ、また前まえに進すすむのでした。

 

「さあ、着ついたぜ、ここが出会であいの街角まちかどさ。秘密ひみつっていうのは、ピピシガージョ一世いっせいから聞きいた話はなしなんだが、いっしょにさがしてみようや。いまは、村むらのやつらも夢ゆめの真まっ最中さいちゅうだ。面倒めんどうがなくっていいだろう」

 

 もちろん、みんなも賛成さんせいです。

「で、なにがはじまるの?」

 そこで、ピピシガージョは、いろんな童話どうわのヒーローやヒロインの大だいパレードがあるという、街角のことを詳くわしく話しました。二十にじゅう年ねんに一度いちど、朝あさの十時じゅうじからはじまるらしいのですが、今日きょうが、ちょうどその日ひというわけです。

 みんなは、期待きたいに胸むねを躍おどらせました。

 

 ディン、ディン、ディン、ディン、ディン、ディン、ディン、ディン、ディン、ディーン!

 

 眠りの塔の壁かべ時計どけいが十時を打うちました。と、突然とつぜん、すーうっと風かぜが吹ふき荒あれ、あたりの羽根はねの雨戸あまどが、ざわ、ざわ、音おとをたてて揺ゆれ出だしました。

 

 最初さいしょに登場とうじょうしたのが赤あかずきんちゃん。お菓子かしがいっぱい入はいった小ちいさなかごを手てに、たのしそうに口笛くちぶえを吹ふきながらやってきました。そして、みんなに笑顔えがおをふりまくと、すぐ後うしろのおおかみを呼よびました。

 おおかみは赤ずきんちゃんの手伝てつだいをして、口にかごをくわえました。すごくおとなしいおおかみです。

「よく気きがつくやつだなあ」

 いたずら犬は、ため息いきをつきました。

「けど、ちょっとまぬけかも。ぼくなら、あんなおいしそうなお菓子、さっさと食たべてしまうのに」

 

「うるさいわね、この欲張よくばり犬!」

 アスロサが、しかりました。

 

「ほら、あそこ! 白雪姫しらゆきひめよ」

 黒くろい瞳ひとみに、ブロンド髪がみを三みつ編あみに、まわりの小人こびとたちに合あわせて、ゆっくり、歩あるいています。

 小人こびとたちといったら、あんまり齢としをとりすぎているからか、足あしがよろよろで、キャラメルの杖つえにすがりついています。

 

 次つぎは、褐色肌かっしょくはだの若者わかものです。たのしそうに笑顔えがおいっぱい。歯はが白しろく光ひかっています。手てにはお決きまりの銅どうのランプ。でも、ズボンが短みじかくて、ぴちぴちだから、裾すそから肌はだがのぞいています。

「かっこいいぞ、アラジーン!」

 2・3はエールを送おくり、きんせんかの花はなを捧ささげようと前まえに飛とび出だしました。

 そのお礼れいでしょう、アラジンは持もっていたランプをこすりました。すると、どうでしょう、待まってましたとばかり、大男おおおとこが現あらわれました。

 アラジンは大男に、小ちいさいくるみの袋ふくろをとってくるよういいつけ、それを2・3に手渡てわたすと、白雪姫のところまで走はしって、倒たおれている小人に手をさしのべました。

 と、今度こんどは、ドナルド・ダックパト・パスクァルでしょう。長靴ながぐつをはいて、三匹さんびきの熊くまを引ひき連つれ、あっという間まに行いってしまいました。みんなに追おいつこうと必死ひっしです。でも、なかなか追いつけないのでおもしろくないのでしょう、ぶつぶつ、文句もんくをいっています。

 

 かたつむりに乗のった、すももの女の子もやってきました。日傘ひがさをさしているのでなんとかわかりますが、そうでなければ、あんまり小さいので見逃みのがしてしまいそう。

 

 もちろん、ピノキオも山やまのペルシンといっしょに歩あるいていて、二人ともパイロット用ようのネッカチーフをしています。

 そのあとに現われたのは、キューバの子どもたちならだれでも知しっている、そう、クカラチョーナ大きなゴキブリでした。

 

「ぼくと結婚けっこんしない?」

 いたずら犬がプロポーズしました。

「なんですって? あんたとなら、子ねずみペレスの方がよっぽどましだわ」

 そっぽを向むいて行ってしまいました。

 

 それからも、次から次へと人気者にんきものがやってきました。眠ねむりの森もりの美女びじょ、ガリバー、オズの魔法まほう使つかいなど、次々つぎつぎと現われ、小人の国くにの子馬こうまも通とおり過すぎました。とてもかわいい子馬こうまです。

 

 そうしてパレードも、いよいよおしまいというところで、きら、きら、光るユニフォームの楽隊がくたいが登場とうじょう。後うしろには、二頭にとう立だての三組さんくみの馬に引ひかれた馬車ばしゃが続つづいています。馬たちは、カールしたたてがみや長ながい尾おっぽを、かろやかに風かぜになびかせ、ぱっか、ぱっか、蹄ひづめの音おとを響ひびかせます。

 

 馬車には王子おうじ様さまが乗のっていました。頭には羽根はね飾かざりのついた帽子ぼうしをかぶり、腰こしにはサーベル。そばには、まるでどこかの舞踏会ぶとうかいにでも行くかのように着飾きかざった女の子が、笑顔えがおいっぱい……。

 そう、シンデレラです。

 馬車から小さなガラスの靴くつを投なげると、ベソキスをふりまきました。シンデレラは子どもたちの人気者。通り過ぎていった主人公しゅじんこうたちの中では、だれよりもつつましやかで働はたらき者ものでした。

さよなら、仲間なかまたち

 シンデレラのかわいい靴をトロフィーのようにかかげ、カンテルに戻もどると、1・2とアスリンは、台所だいどころで食事しょくじのしたくに忙いそがしそう。

 

 カシルダは、すぐに家いえに跳とんで帰かえり、見みたことすべてを夫おっとのルフィーノに話はなしました。

 ところが、ルフィーノは、そんなの嘘うそだろう、と、コーン・パイプを吹ふかしながら見向みむきもしません。

「あなたも、見ればよかったのに、ルフィーノ。とってもきれいで、信しんじられないことばかりなの。あんなパレードがあるなんて、知しらないで、損そんしちゃった」

  

 みんなは、別荘べっそうの広間ひろまに集あつまり、これからのことを相談そうだんしました。こんなたのしいことに出会であえたのだから、お礼れいに、別荘の修理しゅうりをしようとか、なにかためになることをやろうじゃないかというわけです。

 

 ピピシガージョは、のこぎりで木きの板いたを切きりはじめました。

 マルティンは、待まってましたとばかり、ドアと窓まどにペンキを塗ぬり、パティオでは、道化師どうけしたちが、マチェテ山刀・手斧で草刈くさかりをはじめました。

 アスリンとアスロサは、部屋へやの窓まどガラスを、向むこうとこちら、向かい合あってみがいています。けれど、汚よごれがひどいので、互たがいの顔かおが見えません。

 そして、いたずら犬は、ごみ拾ひろいです。

 

 くたくたに疲つかれました。でも、充実じゅうじつした有意義ゆういぎな一日いちにちでした。そして、夜よるには、また、みんなで明日あすの作業さぎょうの打うち合あわせをしました。

 ところが、ピピシガージョは、もうおれは頭数あたまかずに入いれないでくれ、とちょっとさびしそう。明日の朝あさ早はやく、ここを出発しゅっぱつするというのです。

「おれのつとめはもう終おわったからな。眠ねむりの村むらにも行いったし、三みっつの秘密ひみつもよくわかった。そろそろ仕事しごとに戻もどらないとな」

 

 すると、道化師たちも、明日、出発する、といい出しました。カマリオカの子どもたちが、野外やがいショーをたのしみにしているから、というのです。

 しかたがありません。マルティンたちも、出発することに決きめました。

 

 そんな最後さいごの夜は、滝たきのような大雨おおあめでした。

 

 そして朝、しっとり、空気くうきはよどんで、ちょっと肌寒はだざむいからか、にわとりたちも時ときを告つげるのをためらっています。

 カンテルの人ひとたちは、もちろん眠ったまま、見送みおくる人もありません。

 

 マルティンは、準備じゅんびのために、ずいぶん早く起おきたつもりでした。でも、ピピシガージョの姿すがたがありません。

 かわりに、道化師たちにはキャラメルの連発れんぱつ銃じゅうを、マルティンたちには、尾っぽの一番いちばんきれいな羽根はねを、記念きねんに残のこしていました。はにかみやのかれです。さよならをいうのがつらかったのでしょう。

 サーカスの三人と、水色みずいろ馬車ばしゃの三人は、荷物にもつをまとめ、水色馬車に乗りました。

 

 キリビーン、キリビーン!

 

 しばらく行くと、急きゅうにあたりが暗くらくなり、重おもそうな真まっ黒くろな雨雲あまぐもが水色馬車を追おいかけてきました。どこかで、かえるが鳴ないて、道端みちばたの小川おがわの流ながれも速はやくなってきました。

 

 なにもかもずぶぬれです。かつらも、服ふくも、馬車も、みんな、みんな、水色の涙なみだを流しはじめました。

 

 それでも雨ははげしくなるばかり。とうとう、アスレホの体からだは水色と白しろの斑模様ぶちもようになりました。

 いたずら犬の尾っぽも雨にぬれて、ブラシのよう。尾っぽを後うしろ足あしの間あいだに隠かくして、色が落おちるのを防ふせごうと必死ひっしです。

 

 キリビーン、キリビーン!

 

 しばらく行くと、さとうきび畑ばたけの向むこうに、小さな村が見えてきました。道化師たちは飛とび上あがってよろこびました。三人の生うまれた村だったのです。

 

「1・2さん、郵便屋ゆうびんやさんのピルレロによろしくね」

 子どもたちは、お別わかれをいいました。

「じゃあな、2・3団長だんちょう」

 マルティンはかつらをとって、頭あたまの上で小さくふりました。

「3・4くんも、手品てじなの花はなを大事だいじにな」

 

 道化師たちは、魔法まほうのポケットから、別れの紙かみテープや、はと、そして、キューバの国旗こっきまで取とり出だして、マルティンたちにさよならをいいました。

 馬車は、また、雨の一本いっぽん道みちを走はしりました。三人の姿は、どんどん小さくなっていきます。

 

 キリビーン、キリビーン、キリビーン!

 

 みんな、しょんぼり、黙だまったまま。ゆかいな仲間なかまたちとさよならするのがつらかったのでしょう。アスレホも、つい、つまずいて、がたんっ、と馬車を傾かたむけました。

 雨は止やみそうにありません。だれかが一つ、溜息ためいきつくと、いたずら犬も、前足まえあしで顔かおを隠かくして、涙なみだを、ぽろ、ぽろ。だれも、なぐさめようがありません。

 家いえが恋こいしくなったのか、ママに会あいたい、色いろが落おっこちちゃった、もう冒険ぼうけんなんていやだ、と泣なき言ごとばかり。もう少すこしあちこち旅たびをしてみよう、と励はげましても泣なき止みません。

 ぼくの家が一番いちばんいい、キューバよりきれいな国くになんかあるものか、一番きれいなのはカルボネラスだ、バラデロだ、といってきかないのです。

 しかたがありません。マルティンと子どもたちは、相談そうだんするために馬車を止めることにしました。

 

 ガラスのように透すき通とおった、大粒おおつぶのしずくが、ぽた、ぽた、したたる楽園らくえん樹じゅの下したでした。アスレホが足を止めました。そして、四分よんぷんと三秒さんびょう間かん、みんなで話はなし合あい、六むっつのことを満場まんじょう一致いっちで決きめました。

 

 その一、丸まるい地球ちきゅうの上、キューバが一番。

 その二、ぼくらは知しってるキューバの大地だいち。

 その三、たのしかった旅の冒険、この感動かんどうをぼくらは忘わすれない。

 その四、バラデロの海うみはほんものの水色。ぼくらが好すきなのは、この水色。

 その五、さあ、帰かえろう。そして、みんなにこの冒険の話をしよう。

 その六、ぼくらは大好き、革命キューバ、社会主義キューバ。

 

 キリビーン、キリビーン、キリビーン!

 

 雲の間から、太陽たいようが顔をのぞかせ、一番鶏どりが歌いはじめました。

*