水色馬車の運転手さん

作 ドーラ・アロンソ
絵 フェリス・ロドリゲス
訳 倉部きよたか

たびのはじまり

かにの方角ほうがくうらな

ゆめとり

ねむりのむら

小人こびとのダマソ

いたずらいぬ冒険ぼうけん

三人さんにん道化師どうけし

1・2のゆかいなおはなし

2・3のなぞなぞ

あらしよる訪問者ほうもんしゃ

ピピシガージョ、おとしはいくつ?

ゆめとう

ちょっとおかしなみせ

出会であいの街角まちかど

さよなら、仲間なかまたち

たびのはじまり

 カルボネラスにほどちかい、バラデロの海岸かいがんどおりに、マルティン・コロリンという運転手うんてんしゅさんがんでいました。かれには、アスリンとアスロサという二人ふたりどもと、いたずらきでよくえる子犬こいぬがいて、一頭いっとうしろうまと、おんぼろ馬車ばしゃが一だいありました。

 

 あるのことです。

 マルティンは、水色みずいろのペンキと刷毛はけってくると、子どもたちといっしょに、馬車のペンキりをはじめました。毎日まいにちうみばかりているので、なんでもかんでも、みんな、水色にしたくなったのでした。

 

 馬車は、おもったよりきれいに仕上しあがりました。すると、自分じぶんたち三人さんにんがみすぼらしく見えてしかたがありません。そこで今度こんどは、ふくや、くつから帽子ぼうしまで、みんな、馬車とおなじ、水色にめることにしました。それだけではありません。あたまにつける水色のかつらもつくることにしたのです。小旗こばたのようにひらひらする長いかみのかつらです。

 

 かつらに使うのはシサールサイザル麻。エネケン工場こうじょうけばいっぱいありました。シサールは染めやすいのです。

 ただ、水色の馬車には、やっぱり水色の馬でないと似合にあいません。こまったマルティンは、あてのないまま、あちらこちら、水色の馬をさがしてまわりました。でも、そんな馬なんているわけがありません。

 

 結局けっきょく、水色の馬は見つからず、ただつかれただけ。でも、マルティンはあきらめません。いい方法ほうほうを思いついたのです。

 

 まず、バケツに水をいっぱい入れてあいかすと、いたずら犬をひっつかんでみました。

 すると、どうでしょう。五分ごふんほどたって、いたずら犬が、ぶる、ぶる、からだをふるわせながらてきたときには、だれが見ても、水色の犬と見違みちがえるほど、きれいに染め上がっていました。実験じっけん成功せいこうです。

 

 すっかりをよくしたマルティンは、バケツに、さっきよりもたくさんのあいを入れてかきぜると、今度は、白い馬を染めはじめました。そうして、みみ、おなか、たてがみ、っぽ、とじゅんに染めていき、最後さいごに、ひたい前髪まえがみを染め上げると、とっぷりれていました。

 

 次の日曜日にちようび朝日あさひなかをマルティンと子どもたち、そして、いたずら犬は、馬車で浜辺はまべ小道こみちはしっていました。あたりは一面いちめんウバ・カレタ浜ぶどうはなでいっぱい。

「そーれっ、アスレホ!」

 マルティンは、かけごえたかく、アスレホの手綱たづなきました。

 水色馬車は浜辺の道をまっしぐら。

 朝日にうみは、きら、きら、かがやき、いたずら犬は、ぴょん、ぴょん、うれしそうに馬車のあとをいかけます。

 

 キリビーン、キリビーン、キリビーン、キリビーン!

 

 アスレホは、水色のながい尾っぽと、しなやかなたてがみを、どうだりっぱだろう、といわんばかり、はな高々たかだかかろやかに走ります。

 

 キリビーン、キリビーン

 

 もちろん、マルティンも子どもたちも、にこにこがおで、元気げんきいっぱい。

 たのしい夏休なつやすみ、冒険ぼうけんたびのはじまりです。

かにの方角ほうがくうらな

 馬車ばしゃは、みんなをせて、マングローブやカレタがしげ海辺うみべ一本いっぽんみちはしりました。カマリオカのやバラデロのまちが、どん、どん、とおざかっていきます。

 と、突然とつぜん、マルティンは、手綱たづないて馬車ばしゃめました。

「そうだ。まず、予定よていめておかなくちゃ」

 みんなは馬車からりて、相談そうだんすることにしました。

 コインをげてめようといったのはおにいちゃんのアスリンです。

 でも、マルティンはおもしろくありません。

「もっといい方法ほうほうがあるだろう」

「じゃあ、小石こいしを投げて決めるっていうのはどう?」

 いもうとのアスロサがいいました。

「いたずらいぬほうちればきたく。アスレホの方に落ちればみなみで、お兄ちゃんのあたまに落っこちればひがしよ」

「えーっ、ぼくの頭に? いやだよ、そんなの」

 アスリンはふくれっつら

 

 結局けっきょく、ちょっとわった方法ですが、かにを使つかって決めることにしました。かにを見つけるのは、もちろん、いたずら犬の役目やくめです。おおきなこええたてながら、あたりかまわず砂浜すなはまかえしはじめました。

 やがて、なにかを見つけたのか、あなの中にっぽをれると、ほうきでくように、ちょこ、ちょこ、小刻こきざみにうごかしています。と、

「うわぁーっ!」

 さけぶやいなや、陸上りくじょう選手せんしゅ顔負かおまけのもうスピードでしました。

 みんなは大笑おおわらい。かにに尾っぽをはさまれたのでした。

 

 でも、いたずら犬は、どうしてみんなが笑っているのか、さっぱりわけがわかりません。かにはそうしてとるもの、としんじていたのです。

 

 マルティンは、棒切ぼうきれで、砂浜におおきな十字じゅうじくと、よっつのさきっぽに、西きました。そして、十字にまじわったなかに、そっと、かにをきました。

 すると、あっというに、かにはし、くさむらの中にかくれてしまいました。

 でも、それでよかったのです。

 マルティンは、をかがめて、かにのあしあとを調しらべると、いいました。

「よし、南だ。やまの方へこう」

ゆめとり

 バチチェのまちぎると、一面いちめんみどり野菜畑やさいばたけなかに、ぽつんとひとつ、しろ学校がっこうえてきました。

 校庭こうていには、きっと、ホセ・マルティ(の像)どもたちをっているでしょう。キューバの子どもたちならみんなっています。マルティはキューバ独立どんりつ英雄えいゆうです。

 もく、もく、とたか煙突えんとつからけむりいているのはウンベルト・アルバレス製糖工場セントラルで、やがて、グァシマスからサレの町のがりかどて、カンテルどおりにはいっていきました。

 

 キリビーン、キリビーン、キリビーン!

 

 アスレホはとてもたのしそう。アンテナのようにおおきくれるシサールのあたまかざりが、すっかりったのか、両側りょうがわ大王だいおうやしやピニョンまつつづみちを、さっそうとはしります。あさけたばかり、お日様ひさまは、まだ、やさしい黄金こがねいろにほほえんでいます。

 

 マルティンは詩人しじんにでもなったつもりか、上機嫌じょうきげんうたいはじめました。子どもたちは、を、きら、きら、かがかせ、まわりのけしきに見とれています。

 と、いたずらいぬが、ひょいと馬車ばしゃ運転台うんてんだいうつりました。とおくにマリポサヒワんでいるのを見つけたのです。

 

 キリビーン、キリビーン、キリビーン!

 

 プレシオソといって、スペインの植民地しょくみんち時代じだいにつくられたふる製糖せいとう工場こうじょうのあとには、びっくりすることが、みんなをっていました。百年ひゃくねん以上いじょうもたっていそうな大きなセドロ西洋杉があって、てっぺんに、なんと、大凧おおだこのようにはねひろげた大きなとりがいたのです。

 いしのようにかたそうなくちばしむぎわらをんだような模様もようったふとい足、がみでつくったようなあざやかなあかとさか鶏冠。そして、これも赤くとおった四角しかくつばさ

 それだけではありません。尾っぽは、たっぷり五十メートルはあるようです。緑色のしなやかな一本の羽根はねでできていて、さきっぽに、黄色きいろきくはなたぼんぼりがついています。

 そして、き声の甲高かんだかいこと。

 みんなのおどろきようといったらありません。ところがどうでしょう、いきんで、じっと様子ようすを見ていると、もう一つ、べつの声がするのです。

 

 フリルリ、フリルリ、フリルリ……

 

 みじかくふるえるようなごえでした。

 

「ほら、あそこに、もう一羽いちわいる!」

 大きなやしの木を、アスリンがゆびさしました。

 見ると、大枝おおえだに、きらきらひかうつくしい鳥がはねやすめています。

 からだおもいのでしょう。枝は大きくしなっています。つばさしもにおおわれたようにしろで、むねからおなかにかけて、やわらかそうな白い羽毛うもうつつまれ、あしゆび黄色きいろく、つめながくてくろみかがった紫色むらさきいろをしています。

 そして、フリルリ、フリルリ、ときながら、尾っぽを噴水ふんすいのように高く大きくひろげるのです。

 

 しばらくすると、セドロの木にとまっていた一羽がび立ちました。ゆうゆうと、くび左右さゆうにふりながら、とおった四角しかくあかい翼をいっぱいに広げ、尾っぽをかぜに長くなびかせ、そら高くがっていきました。

 

 すると、もう一羽も飛びちました。

 きら、きら、輝きながら、独楽こまのように、ぐる、ぐる、あががる姿すがたは、まるで竜巻たつまきのようで、あっというに、さきの一羽にいつくと、二羽、仲良なかよならんで、くもこうにえていきました。

 

「ねえ、あの鳥のをさがそうよ」

 といったのはアスロサでした。

「そうしよう、そうしよう」

 アスリンものようです。

 でも、マルティンは素直すなお賛成さんせいできません。子どもの木登きのぼりはあぶないし、二人を、野次馬やじうまでなく、ほんとうの勇気ゆうきある子どもにそだてたかったからでした。

 

 子どもたちは、いたずら犬をつれて、古い製糖せいとう工場こうじょう探検たんけんかけました。

 おかつづ一本道いっぽんみちのぼっていくと、大きないしもんがありました。ふじくずつるがいっぱいからみついています。

 気がつかないうちに、ずいぶん上ってきたようです。ふりかえると、浜辺はまべも、さとうきびばたけも、みんなとおくにかすんで、馬車ばしゃも、おもちゃのようにっちゃく、馬のアスレホも黄金虫こがねむしぐらいにしか見えません。

 

 をつないで、二人は、くずれかけた門のはしっこからなかをのぞいてみました。さっきのセドロの木とおなじくらい、大きな木がいっぱいしげっています。石につまずかないよう気をつけながら中に入り、あちこち、木の上に鳥のがないか調しらべてまわりました。

「ほんとにしずかねえ、おにいちゃん」

 アスロサがいいました。

「こわいのか?」

 アスリンがふりきました。

「そんなことないわよ」

 アスロサは意地いじりでした。

 

 ほそみちをまっすぐすすむと、たりに、ふるぼけてすすっぽくなった建物たてものがあって、屋根やねはりのぼると、そこは、もうえだがとどくたかさで、あたりがよく見渡みわたせました。

 アスロサは、アスリンのうでをぎゅっとつかんで、ゆびさしました。

「ほら、あれ! さっきの、きら、きら、ひかってた鳥のじゃない? きっとそうよ」

 アスロサは、自信じしんたっぷりです。

「もっとちかくにってみよ」

 

 そういって、ひさしはしまで行くと、巣の中にたまごがあるのが見えました。つるんつるんとして、まんまるい、オレンジぐらいもある大きなたまごでした。

 アスロサは、びっくりして、目をぱちくりさせています。

「ほら、あそこにもあるわよ! 大凧鳥おおだこどりの巣よ、きっと」

 くさあつめてつくったのでしょう、巣の中には卵がいっぱいならんでいました。

 でも、おかしなことに、もう一つの巣の中の卵は、まんまるではなく、みんな角張かどばった賽子さいころのようなかたちをしています。おまけに、ひとつ一つに、1、2、3、4……と12までの数字すうじいてありました。数字が大きくなるにつれて、形も大きくなっているのです。

 

 グァウ、グァウ、グァウ!

 

 突然とつぜん、大きなごえに、いたずら犬はびっくりして、うーうっ、と身構みがまえました。

 見上げると、大きな鳥が二、二人にかってきます。一羽は不思議ふしぎな尾っぽをうしろになびかせ、ぴこ、ぴこ、あたまをふりながら……、そして、もう一羽は、全身ぜんしん彗星すいせいのように、きら、きら、ひかっています。

 ころげるように、二人は製糖工場をし、ふもとまでりると、マルティンは、大急おおいそぎで二人を馬車にげ、ぴしっ、アスレホのおしりむちれました。

 

 キリビーン、キリビーン、キリビーン!

ねむりのむら

 アスレホは、ちからいっぱいけました。

 そして十キロもはしると、子どもたちにも笑顔えがおもどり、さっきの不思議ふしぎとりはなしちきりになりました。

 いたずらいぬっぽをふりふり、馬車ばしゃなかはしまわります。アスレホは、マルティンが手綱たずなくと、すこしだけ、スピードをゆるめました。

 

 とあるむらにたどりいたのは、夕方ゆうがたも五時ちかくのことでした。まるで絵本えほんの中からしたようなかわいい村で、奇妙きみょうなことに、どのいえ屋根やねも、かわらがドミノ・パイで、雨戸あまどはみんな羽根はねでできていました。しろや、カティ・インコのような緑色みどりいろ、きじばとのような灰色はいいろなどさまざまで、どれもきつつきのつばさのようにしま模様もようはいっています。縞の色はカナリアやつぐみのそれとおなじでした。

 不思議なことに、かぜくと、羽根がふるえ、うたを歌っているようにこえるのです。

 だから、村じゅう、とてもたのしそう。でも、ひとつだけこまったのは、はるになると、羽根がみんな、どこかにんでいってしまうことでした。

 村の中は、かたつむりのように、一本道いっぽんみちが、ぐる、ぐる、うずきながら村の中心ちゅうしんつづいていて、まん中には、回転かいてん木馬もくばのあるちいさな広場ひろばがありました。

 いつもなら、子どもたちがあそんでいる時間じかんなのに、一つのかげもありません。つい、をとられたアスレホは、街灯がいとうに馬車をぶつけて、片方かたほう車輪しゃりんがはずれてしまいました。しかたがありません、みんなは馬車からりて、修理しゅうりすることにしました。

 

 さきりたのがいたずら犬です。ううっ、と歯茎はぐきをむきして、すごいかおをしています。

「どうしたんだろう?」

 マルティンが子どもたちのほうを見ると、アスリンがゆびをさしています。

「あそこのにわに、犬がいるんだよ」

「でも、あの犬、つながれてるわよ。それに、ねむってる」

 アスロサがいいました。

「なんだかおかしいな、ここは……。ほんとに、ちょっとへんだよ」

 マルティンは、あたりを見回みまわしながら、心配しんぱいそうにいいました。

 奇妙きみょうしずけさでした。一匹いっぴきはえ羽音はおとも、まるで雷鳴かみなりのように大きくひびくのです。

 といっても、だれもんでいないというわけではなさそうです。あちこちに、人の姿すがたも見かけます。ところが、みんな、銅像どうぞうのようにじっとかたまったまま……。

 商店街しょうてんがいもあって、おみせならんでいるのに、おきゃくも店のひと身動みうごひとつしません。りかごの中のあかちゃんも、だだをこねていているのに、まったくうごかないし、泣きごえこえません。そしておかあさんも、パントマイムのように釘付くぎづけに、ぴたりとまっているのです。

 電柱でんちゅうのぼって工事こうじをしている人も、止まったまま。肉屋にくやさんもパン屋さんも、ウェディング・ベールをつけてブーケをにした花嫁はなよめさんも、マネキン人形にんぎょうのようにじっとしています。

 左官屋さかんやさんは、こてのうえ漆喰しっくいやまのようにげたまま。鍛冶屋かじやさんは金床かなどこの上にハンマーをふりおろろそうとした瞬間しゅんかんのまま、じっとしていて、はとれも、空中くうちゅうつばさひろげたまま。

 学校がっこうからは子どもたちのはなごえこえません。なにもかもが博物館はくぶつかんろう人形にんぎょうのようにちっともうごかないのです。

 

 マルティンは、わけがわからなくて、あたまかかんでしまいました。

「みーんな、おけじゃ、な、い、の?」

 いたずら犬は、そうっといいました。

「そんなはずないでしょ」

 えらそうにいったものの、アスロサもこわくてたまりません。

んでなくても、ずっとあんなふうにしてたんじゃ、そのうち、きっと死んでしまうよ」

 いたずら犬は臆病おくびょうなのに、もっともらしいことをいいます。

 

「そういえば、この村には、おはかがないね」

 アスリンがいいました。

「たしかに、そうだな」

 マルティンもうなずきました。

「どうしてなの、どうして?」

 アスロサは興味きょうみ津々しんしんです。

 

 それからも、三人は、ああでもないこうでもないといいいました。しかし、いいこたえも見つからず、しゃべりつかれてしまいました。そこで、ひとまず村のことはほおっておいて、とにかく、こわれた馬車の修理しゅうりいそぐことにしました。

小人こびとのダマソ

 馬車の修理がわったところで、今度こんど宿やどさがしです。でも、どこをあたればいいのか、見当けんとうもつきません。しかたなく、だれか、出会であったひとおしえてもらうことにしました。

 

 キリビーン、キリビーン!

 

 馬車は、一本道いっぽんみちを、ぐる、ぐる、まわり、かたつむりの村からていきました。

 最初さいしょ出会であったのは、背中せなかをくのげて、大きな、さとうきびのたば背負せおった小人こびとでした。ひげもじゃで、ながいげじげじ眉毛まゆげが、やしののように、まぶたの上までがっています。馬車にったみんながめずらしかったのか、にらむように、こっちを見ていました。

「どこへ行くんだい?」

冒険ぼうけん旅行りょこうさ。けど、今晩こんばんまるところがないんだよ。どこかってたら、おしえてくれないかな」

 すると、突然とつぜん

「ダマソ・コルンピオ! ダマソ・コルンピオ!」

 げじげじ眉毛が大声おおごえげました。

「わしゃあ、ダマソ・コルンピオ。コルンピオはれるブランコ」

 いたずら犬は、自動車じどうしゃのバンパーのようなげじげじ眉毛にびっくりして、っぽをすぼめて、きゃん、きゃん、えたてます。

 でも、親切しんせつに、ダマソは宿やどおしえてくれました。

 宿は、サレというまちとカンテルという町の中間ちゅうかんにあるが、一晩ひとばんぐらいなら、サレとカンテルでもやすむところはあるというのです。

 そして、さっきの村は「眠りの村」といって、だれもそこにこうとしないし、旅人たびびとも、たとえ、どんなにのどかわいていても、けっして井戸いどみずまないらしいのです。

 なんだか、不思議です。

「そんな名前なまえの村があるなんて、いたこともないわ。あたし、地理ちり得意とくいなんだから。いつも十点じゅってん満点まんてんよ」

 アスロサはむねりました。

「うそつけ。六点ばっかじゃないか」

 すかさず、アスリンがいいました。あとは喧嘩けんかです。

「ちがうわ、十点よ!」

「いや、六点だよ!」

 すると、

「十六点じゃ!」

 あたまの上で、さとうきびのたばを、くる、くる、まわしながら、ダマソがいいました。

「十す六は十六じゃろ。わしのさとうきびはもっとあるぞ」

 

 あきれて、マルティンがってはいりました。

「地理の点数てんすうなんて、どうでもいいじゃないか。それより、ダマソ、眠りの村のことをもっとくわしくおしえてくれないか」

 いま出てきたばかりの村のことを、もっとりたかったのです。どうして地図ちずにもっていないのか、不思議でたまりません。

 

 ダマソは、マルティンにすこしでもちかづこうと、ひょいっ、とさとうきびの束の上に乗っかりました。ひくいので、こえとどかないとおもったのです。

「眠りの村が、かたつむりのようになったのにはわけがある。くるも、くる日も、つむじかぜいたからなんじゃ」

 はなしというのはこうです。

 吹き続けていたつむじ風は、ある日、村人むらびとたちがまだ眠っているうちに、すうっとんでしまいました。あたりはくらなまま。そうしてあさになると、道の両側りょうがわに、羽根はねとドミノ・パイでできたいえ渦巻うずまじょうならんでいました。

 村人たちは、みんないい人ばかりで、サレやカンテルからもたくさん、人がやってきました。

 ところが、三日みっかから様子ようすがおかしくなりました。不思議なことに、村人も動物どうぶつも、くさも、みんな眠りはじめたのです。

 それからというもの、一日のうち二時間じかんひるぎの二時から四時までのあいだ以外いがいは、村のみんなは、眠ったまま、うごかなくなってしまったのです。

 

 ダマソの話は不思議なことばかりで、聞いていると、ますます興味きょうみがそそられます。

「みんな、井戸いどみずんだんじゃな。すると、どうじゃ、一日に二十二時間も眠りこけてしまう病気びょうきになってしもうた」

「………」

 みんなは、じっと耳をかたむけます。

「つまり、一日のうち、たった二時間のうちに、なにもかもやってしまわんといかんというわけじゃ。子どもをんだり、結婚式けっこんしきげたり、学校がっこうったり、ダンスをしたり、しをしたり、はなみずをやったり、風呂ふろに入ったり、もちろん、仕事しごとをするのも、犬の散歩さんぽをさせるのも、二時間のうちにやってしまわんといかん。おまけに、みんな、からだちいさいときておる。じゃから、なにをするにもあしでな。ひまもないというわけじゃ。そういやあ、こんなこともあったな」

 それを、マルティンがさえぎりました。

「ちょっとってくれ!」

 そうでもしないと、ダマソのはなしはどんどんさきに行ってしまいます。

つづきはあとにして、まず、その、ましている二時間というのはどうなっているのか、おしえてくれないか」

 

「おお、そうか、そうか」

 ってましたとばかり、ダマソは続けました。

「まず、目が覚めると、すぐにまえの日の続きをやるんじゃな。とにかく体が小さいんで、たとえば、えきに行くだけでもいっ週間しゅうかんはかかる。じゃが、汽車きしゃほうも、ほんのすうキロはしると、また、おなじところにもどってきよるから、ぐずぐずしとると、汽車の方がぐるりと一回ひとまわりして戻ってくる、ということもあるんじゃな」

「なるほど、なるほど」

 といったものの、どういうことか、よくわからないまま、マルティンはうなずきました。

「もっとりたいか?」

「いや、いや、もう十分じゅうぶん、十分」

 マルティンは、ダマソのおしゃべりにちょっとつか気味ぎみ

 それでもダマソは、

遠慮えんりょせんと、なんでもいてみろ」

 さとうきびのたばうえを、ぴょこ、ぴょこ、ねながら催促さいそくします。

「わしゃあ、なんだってっておる。魔法まほう使つかいのグラン・マゴのことも、まだはなしてはおらんかったな。Rがふたならんだ、cigarro葉巻barril。フェファ、フォファ、ブファ、ベファ! S、S、S! Sがヒューヒュー、口笛くちぶえいて飛び出しおった」

 

 さっぱり意味いみのわからない、けれどけっこうおもしろい、ダマソのおしゃべりはあめのように、みんなにりそそぎます。ずぶれになったアスリンはかつらをしぼりました。すると、どうでしょう。RRやFやSやら、アルファベットが、くちからもはなからも飛び出しました。

 それだけではありません。それを見て、わらころげているアスロサのブラウスからも、マルティンのむちからも、アスレホの背中せなかからも、アルファベットがいっぱい飛び出てくるのです。

 そのときです。大きく一つ、ダマソがをたたくと、

 

 キリビーン、キリビーン、キリビーン!

 

 びっくりしたアスレホが走り出し、ダマソのさとうきびの束が、みちなかころがりました。

いたずらいぬ冒険ぼうけん

 カンテルのまちにたどりいたときには、もとっぷりれていました。

 別荘べっそうふうおおきな屋敷やしきがあって、ベランダのすりの彫刻ちょうこくがみごとです。うっそうとした松林まつばやしかこまれ、薔薇ばらもくせい木犀薬草やくそうのカーニャ・サンタや、トロンヒル香水ハッカかおりもあまくただよってきます。パティオ中庭には、すももやマンゴやサポテが、いっぱいをつけていました。

 

 町のひとたちは、マルティンたちをサーカスの一団いちだんだと勘違かんちがいしたようです。無理むりもありません。馬車ばしゃうままで水色みずいろり、派手はで格好かっこうでやってきたのですから……。年老としおいた先生せんせいは、砂金石さきんせきのボタンのついたまっさらなリンネルの上着うわぎて、若者わかものたちはランプをってお出迎でむかえです。

 

 マルティンは上機嫌じょうきげん。まるで凱旋がいせん英雄えいゆうにでもなったかのように、これまでの出来事できごとはなしはじめました。

 ふる製糖せいとう工場こうじょう大凧おおだこどりをさがしまわったこと、ねむりのむらでのこと、げじげじ眉毛まゆげのダマソのことなど、やすみなく、いたのように。でも、だれも、いやなかお一つしません。そうです。カンテルの人たちは、もてなし上手じょうずなことでは世界一せかいいちだったのです。

 こうして大歓迎だいかんげいけたマルティン一行いっこうは、村はずれの別荘べっそう一夜いちやごすことにしました。ふか木立こだちかこまれた大きな屋敷やしきで、ちょっとふるぼけているからでしょう、なにか不思議ふしぎなことがこりそうです。

 

 くと、すぐにアスレホを、くさべられるよう馬車ばしゃからはなしてやりました。そして、マルティンと子どもたちは、かつらをぐと、おのとランプをに、炊事すいじようたきぎさがしにかけました。

 いたずら犬は馬車を見張みはるために、一人、お留守番るすばん。でも、上機嫌じょうきげんでした。にわには、ばったやいろんなむしたちがあそんでいたし、小鳥ことりたちも、へんないろをしたわんこうだ、といわんばかり、めずらしがって近寄ちかよってくるのです。

「あんた、だれ?」

 くび黄色きいろいむくどりが、警戒けいかいしているのでしょう、すこ距離きょりをおいて、話しかけてきました。

「おれは、スンバスランガ。お月様つきさまからやってきた」

 いたずら犬は、すましがお大嘘おおうそをつきました。

 そうともらず、興味きょうみ津々しんしん小鳥ことりたちは、どうしてカンテルまでやってきたのかたずねます。

 いたずら犬は、また嘘をつきました。小鳥たちをおどろかせてやろうと歯茎はぐきをむきしに。

「おまえたちをつかまえにやってきたあー。おれは、小鳥の羽根はねいえをつくるんだあー」

 小鳥たちはびっくり仰天ぎょうてん一羽いちわのこらず、そらたかくにげていきました。

 すっかり満足まんぞくしたいたずら犬は、馬車のなかからだちいさくまるめると、うと、うと、ねむってしまいました。

 

 がつくと真夜中まよなか薄墨うすずみながしたような闇空やみぞらほしたちは、それぞれ、おもい思いに、あおく、しろく、かがやいています。未知みち世界せかい冒険ぼうけんしている気分きぶんで、いろいろ想像そうぞうしていると、いたずら犬はすっかりめてしまいました。

 だれもいない別荘べっそうに一人ぼっち。

 おまけに、あたりはくら木立こだちけるかぜも、ひゅー、ひゅー、とかなしそう。思わず、目を、ぱちくり、あたりを見回みまわすと、毛玉けだまのように体を丸くちぢこめました。

 

 ティク、ティク、ティク!

 クロッ、クロッ、クロッ!

 チュイ、チュイ、チュイ!

 

 どこかで、へんなおとがします。

 いたずら犬は、じっと声をころしてひそめていましたが、がまんできなくなり、ぴょん、とひとび、馬車の中にかくれました。でも、あたまかくしてしりかくさず、ふさふさの尾っぽはそとにはみ出たまま。

 おそるおそる馬車のかげから、そっとのぞくと、おかしな仮面かめんをかぶった道化師どうけしが三人、ぴょこ、ぴょこ、ねながらうたっています。

 

 道化師どうけしのホアンが

 ちっちゃい時計とけいったとさ

 きんの時計かな

 ぎんのかな

 どうのかな

 それとも、水時計みずどけいかな

 

 いたずら犬は、ゆめじゃないかと、目をぱちくり。

 よく見ると、おけたちは手がすごくながくて、あしは、のしいかのようにぺっちゃんこ。すずらし、ブリキのふえきながら、になっておどっているのです。あたまには、だらりとまががった帽子ぼうしをかぶっていました。

 道化師どうけしのホアンが

 ちっちゃな時計を買ったとさ

 砂糖さとうでつくった時計かな

 なまクリームの時計かな

 それとも、アイスクリームのかな

 いや、いや、なんでもない、つまらないものさ

 

 いたずら犬は勇気ゆうきを出していてみました。でも、ぶる、ぶる、ふるえがまりません。

「あ、あ、あなた、た、たちは……?」

 三人のおけたちは、そろってこたえました。

犬食いぬくいだぁー!」

 いたずら犬は大声おおごえさけびました。

「たすけてぇ!」

 お化けたちは、馬車を、ゆさ、ゆさ、すりはじめました。

 もうおしまいだぁ、いたずら犬は覚悟かくごめました。

三人さんにん道化師どうけし

 いたずら犬のさけごえいて、マルティンは、子どもたちといっしょに、おおいそぎでもどりました。

 でも、馬車ばしゃ運転台うんてんだいから、いたずら犬の尻尾しっぽがのぞいているだけ。すこしのわった様子ようすもありません。

「おい、どうしたんだ?」

 いたずら犬はこしけてしまったのか、あやつ人形にんぎょうのように、手もあしもよれよれで、ぶる、ぶる、ふるえながら馬車からりてきました。

「い、い、いぬいだよぉー。こんな、っきいのが、みっつも!」

「なにいってんだ、ゆめでも見たんだろ。どこにもいないじゃないか」

 アスリンが馬車のまわりを見回みまわすと、

「ばか犬ね、ぼやぼやしてるからよ」

 アスロサがあくたれぐちをたたきました。

 マルティンは、ランプをかおまえたかくかざしながら、パティオやちかくのくさむらを調しらべてまわりましたが、どこも変わったところがありません。

「こわいゆめでも見たんだろう」

 さらりといいました。

「おまえのあたまのねじを修理しゅうりしてくれるお医者いしゃさんをさがさないとな。カンテルにも、一人ぐらいはいるだろう」

 すると、どうでしょう。

「ここにいるよ!」

 どこからか、声がするのです。

「いや、こっちだよ!」

 すると、もう一つ。

「ほら、こっち、こっち!」

 三つ目の声も。

「だれだ!」

 マルティンが声の方にランプをかざすと、三人の道化師があらわれました。

 

「ぼくは、1・2です」

 一人目の道化師が、一歩いっぽまえに出て、あいさつしました。

「ぼくは、2・3」

 二人ふたりは、ちいさくおじぎをしました。でも、もう一人はなにもしないで、ったまま。

「ぼくは、3・4だよ」

 マルティンと子どもたちはびっくり仰天ぎょうてん。なんと、1・2の上着うわぎむねには、心臓しんぞうさかさまにくっついているのです。2・3は? と見ると、こちらは二つ。そして、3・4の心臓ときたら、カシューナッツのようなかたちをして、どきんと脈打みゃくうつたびに、になったり、少しうすいピンクいろになったりします。

 道化師たちは、いいました。

「グァシマスでショーをしてたんだけど、シクロン台風にテントをばされちゃってさ。しかたがないよ、ずっと野天のてんでショーをしながら、あちこち、たびをしてるってわけさ」

 マルティンと子どもたちはどくになり、三人を夕食ゆうしょく招待しょうたいすることにしました。

 

 1・2が、マルティンのかつらから、はちどりしたり、アスレホのみみからギターをしたり、魔法まほう使つかってみせると、ほかの二人は、フルートをきながらおどったり、とんぼがえりをしたり……、たのしいショーがわると、みんなはパティオにあつまりました。あたりは明るい月の光でいっぱいです。

 マリポサヒワたちは、うえねむっていたところをこされ、眠気眼ねむけまなこで、しばらく、がや、がや、さわいでいましたが、やがて、また、あめるように、しんしんとねむりはじめました。

 

 マリポサたちをこさないよう、みんなはのまわりにまるをつくり、こしろして道化師たちのはなしに耳をかたむけました。

 

 軒先のきさきから、かえる一匹いっぴきはなぺちゃ顔をのぞかせています。

 名前なまえはカシルダ。ずっとこのお屋敷やしきみついているのですが、っていた蝋燭ろうそくすと、みんなとおなじように、道化師たちの話に耳をそばだてました。

1・2のゆかいなおはなし

「さぁーて、みなさん、あるあさのことでした」

 1・2がはなしはじめました。

 

 郵便屋ゆうびんやさんのピルレロは、どうすれば配達はいたつかばんをいっぱいにできるか、あたまをかかえていました。鞄のなかには手紙てがみひとつもないのです。

 おまけに、ちょっとっぱらっていて、頭の中が、ぐる、ぐる、まわって、自分じぶん何人なんにんもいるような気分きぶんなのです。

 でも、名案めいあんかんだようで、金物屋かなものやさんにくと、缶切かんきりではなく、おおきな紙袋かみぶくろにいっぱい、手紙と封筒ふうとうってきました。

 ピルレロがはたらいている郵便局というのは大きなポストでした。もどってくると、切手きって一枚いちまい、自分にり、階段かいだんあがると、小包こづつみのように、すっぽり、ぐちから中にはいりました。そして制服せいふくぎ、普段着ふだんぎの、スタンプがらのシャツに着替きがえると、つくえかって仕事しごとをはじめました。

 

「パンをちょうだい、パンをちょうだい」

 おうむがかごの中からうるさく催促さいそくしても、ピルレロはらんかお。だれかがやってきて、ドアを、とん、とん、たたいてもようともしません。お昼用ひるように、にかけていたごちそうもすっかりげついてしまいました。

 と、にわかあめまでして、ポストの中は、あたり一面いちめん雨漏あまもりだらけ。それでも、めません。

 ピルレロのペンは、ふるいがちょうの羽根はねペンでした。だからでしょう、さきっぽをインキつぼれるたびに、がちょうが水遊みずあそびするように、インキがまわりにねます。すっかり、ピルレロのからだは、ほろほろちょうのようにまだらになってしまいました。

 

 机の上には、かみ書類しょるいやまのようにまれていて、いろんなアルファベットが、あちこち自分勝手かってらばり、封筒の上にならべられるのを、退屈たいくつそうに、いまかいまかとっています。

 Rは灰皿はいざらにつまづいてあしれていました。BはおなかがへっこんでPのよう。WはひっくりかえってMになり、Oは大きなあくびをして、まんまるになっています。だから、一人ひとりで、あっちへころころ、こっちへころころ、ボールのようにころがりまわっているのです。

 

 こうして夕方ゆうがたまでに、切手をるのに四リットルもみず使つかってしまい、がちょうの羽根ペンもすっかり先がちびてしまいました。それでも、ピルレロはだい満足まんぞく。手紙を鞄につめむと、口笛くちぶえきながら、いえから家へと配達はいたつして回りました。

 

 その村人むらびとたちはベッドに入るのがすっかりおそくなってしまいました。配達された手紙を、何度なんども何度もかえしたからです。だれの手紙にも、「きみがき、わすれられない、キスしたい、きしめたい、はやいたい」と、そんなことがいてありました。

 

 1・2のはなしはこれでおしまい。

2・3のなぞなぞ

 木立こだちあいだから、お月様つきさまかおをのぞかせると、カシルダの、どんぐりのようなまんまるひとみが、きらりとひかりました。ピルレロのはなしにすっかり夢中むちゅうになってしまったのです。つづいて2・3の話もきたくて聞きたくてたまりません。ちっちゃなで、ぱち、ぱち、拍手はくしゅ。その手の、かわいいこと、かわいいこと。

 ところが、どうしたわけか、2・3はあまりではありません。1・2の話とくらべられるのがいやなのです。

「1・2の話なんて、うそっぱちさ」

 うまみみからギターをしたり、かつらから、はちどりを出したりするのも、トリックだというのです。

 そんなわけばかりするから、みんな、がっかり。

「もう、やめろ! そんな話なんか、聞きたくないぞー」

 野次やじいました。

 でも、そんな言い訳も、じつは、みんなに期待きたいたせるよう、2・3が仕組しくんだ、それこそ、トリックだったのです。

 

 2・3は、なぞなぞが得意とくいでした。

 

「さあて、みなさん、うみのなぞなぞでーす。水兵すいへいさんでないひとは、船酔ふなよいしないよう、酔いぐすりを飲んでくださーい。さあ、ふねるぞー!」

 

  がったほねのおちびちゃん

  わたしはこっち、あなたはそっち

  いつも、たがいに半分はんぶんずつで

  けっして相手あいてほうにはけません

 

 とうたうのですが、みんなはきょとんとして、まったく反応はんのうがありません。そこで、2・3は、やさしいヒントを出してみました。

一時いちじには水兵さん、二時にじにはさびしがりやの船乗ふなのりさん、そして、三時さんじにはこわいものなしの船長せんちょうさん。わからないかな? そ、れ、は、かに!」

 

「かにはかにでも、ふつうのかにじゃない。それは、八本はっぽんあし羅針盤らしんばん

 

 それでも、みんなはさっぱりのってきません。かにの船乗りなんてたこともない、と文句もんくをいうのです。

 

「こういうことだよ、みなさん」

 2・3がいいました。むねには、不思議ふしぎはな心臓しんぞうふたつついています。

「かにがいるのはすななかでしょ。その砂はどこからやってくるのかな? そう、うみだよ、海!」

あちこちで、ひゅー、ひゅー、いっせいに口笛くちぶえりました。2・3はグァシマスでは人気者にんきもの道化師どうけしです。自慢気じまんげに、ふん、とはなを鳴らすと、なぞなぞをつづけました。

 

  みずの中

  そっくり双子ふたご兄弟きょうだい

  ちぐはぐにならないよう

  調子ちょうしわせておよいでいく

 

かいのことかな?」

 自信じしんがないのか、アスロサはちいさくいいました。

大当おおあたり!」

 

「いいぞ、その調子。もう一丁いっちょういってみようか」

 

  背中せなかがったどもが一人

  浜辺はまべ元気げんき海水浴かいすいよく

  水におどると、大好物だいこうぶつをつかまえた

 

ばり!」

 と、アスリンは得意顔とくいがお

「いゃあ、りっぱりっぱ。じゃあ、こういうのはどうかな?」

 

  海のそこ

  かたくちじたはこしずんでる

  中にはひっそり

  しろドレスの王女おうじょさま

 

「どうせ、今度こんども、かにだろ」

 いたずらいぬは、ふてくされて、どこかへってしまいました。

 

真珠しんじゅだよ、真珠!」

 だれかがこたえたそのときでした。お月様がくもの中にかくれました。と、ごろ、ごろっ、かみなりひびき、大粒おおつぶあめちてきました。

 2・3は、両手りょうてをラッパのように口にて、大声おおごえげました。

「テントをたたんで、いえの中にはいるんだ!」

 

 結局けっきょく、3・4の話はけずじまい。じつは、もうずいぶんまえから3・4は、こっくり、こっくり、ゆうら、ゆら、ふねいでいたのです。

あらしよる訪問者ほうもんしゃ

 夕立ゆうだちがひどくなってきたので、キャンプは中止ちゅうし

 ねむったままの3・4をおっぽったまま、みんなは、馬車ばしゃして軒下のきしたれると、あめれないようアスレホをはしらにつなぎ、だれもいない別荘べっそうなかはいりました。

 ぎいっ、と玄関げんかん階段かいだん不気味ぶきみこえきました。けれど、にしない。まっすぐすすんでおく食堂しょくどうに入ると、ランプをいて、みんなでテーブルをかこみました。

 そとは、たきのような雨で、くらそらに、ときどき、ぴかっ、と稲妻いなづまはしります。つぎ瞬間しゅんかん、どーんっ、とどこかに雷がちました。びり、びりっ、建物たてものがふるえ、がら、がらっ、なにかがこわれるおとがしたかとおもうと、さーっ、とかぜけ、ランプのえました。

 

 とん、とんっ!

 ドアをたたく音がします。

 

 とん、とんっ!

 また、こえました。

 

 そして、もう一度いちど

 とん、とんっ!

 

 ぶる、ぶるっ、みんなは、おもわずぶるい。

 

「だれか、みちまよったのよ、きっと」

 椅子いすうえに、ちいさくひざをかかえながら、アスロサがいいました。

「こわがることなんかないさ」

 アスリンはむねりました。

「そうだよ」

 いたずら犬もいいました。でも、が、がち、がち、鳴っています。

 

「どうする? けようか」

 マルティンは道化師どうけしたちにたしかめました。でも、三人は、暗闇くらやみの中でも、おどけがおのまま。

「雷の音がうるさくって、なんにも聞こえないよ」

 と、らんぷり。

「とにかく、ドアを開けてみよう。このままだまっていても、どうにもならんだろう」

 マルティンは、ランプをとって火をけると、ゆっくりドアのほうあるきました。

 玄関の方、暗闇くらやみの中でなにかがうごきました。

 

「こ、こんばんは」

 マルティンがこえをかけました。

「こんばんは、じゃないだろ。このあらしをなんだと思ってやがるんだ」

 すごいしわがれ声です。

 これは大男おおおとこかもしれんぞ、思わず、マルティンは身構みがまえました。

 けれど、まったく姿すがたえません。とにかく、中に入るよう、すすめました。すると、どうでしょう、カウボーイの格好かっこうをしているではありませんか。

 ふとっちょでもなく、やせっぽちでもなく、背丈せたけいちメートルぐらいか。にわとりのようにいばり顔。かかとに拍車はくしゃのついたながいブーツをいて、パンタロンのおしりからはりっぱなっぽがています。こしには赤革あかがわのベルトをめ、なにかピストルのようなものをぶらげていました。

 

 男は、咳払せきばらいをしながらくびのネッカチーフをめなおし、ずぶぬれのパナマぼうぐと、こつ、こつ、ブーツのかかとで床板ゆかいたらし、がしゃ、がしゃ、拍車はくしゃひびかせながら、むねしずくはらいました。

 

「さあ、さ、どうぞ、どうぞ」

 マルティンは覚悟かくごしました。ほんとうは、ゆめなかにでもてきそうな、へんてこりんなカウボーイ男なんか、ごめんこうむりたいとねがっていたのですが、ひどい雨の中をかえすのもどくです。

 

 食堂しょくどう案内あんないすると、みんなは、びっくり仰天ぎょうてん。なにしろ、おんどりそっくりのカウボーイだったのです。

「みんな、トントンさんを紹介しょうかいしよう」

 まだ名前なまえいていないのに、トントンさんと、勝手かってめていました。

 

 すると、どうでしょう。カウボーイは、腰の拳銃けんじゅうきざま、ランプめがけて一発いっぱつ、ぶっぱなしました。

 えて、あたりはくら。食堂の中はパニック状態じょうたいです。

 

うごくな! キャンディーがぶぞ」

 けら、けら、とトントンは大笑おおわらいです。

ピピシガージョ、おとしはいくつ?

 ぱん、ぱんっ、あたり一面いちめん、キャンディーがらばりました。

 ひろってくちれると、パイナップル、アニス、レモン、そして、いちごあじ……。

「いったい、何者なにものなんだい? きみは」

 マルティンがたずねると、

「ピピシガージョって、しがないやつさ」

 いばりんぼうは、爪先つまさきって、かたをいからせながら名乗なのりました。

 

 ピピシガージョ?

 あのピピシガージョかい!

 

 そうです。ピピシガージョをらない子どもはいません。

 おとこは、椅子いすにふんぞりかえり、拍車はくしゃのついたブーツを自慢気じまんげに、テーブルのうえあししました。

「ずいぶんむかしのことさ、おれは闘鶏場とうけいじょうにいたんだな。そうさ、あのころはめんどりたちも、たまごむだけの機械きかいじゃなかった。わかいおんどりたちも、ひとわれるだけじゃなかった。知ってるかい? 闘鶏とうけい、ってな、りっぱなかたもあったのさ。人間にんげんの男たちといったら、どいつもこいつも、いろえてな。だから親方おやかた連中れんちゅうは、大儲おおもうけしたってわけさ」

 すようにいいました。

「で、いまは、どんな仕事しごとをやってるの?」

「ああ、ピノスとうで、畜産ちくさん計画けいかく責任者せきにんしゃをやってらあ」

 はな高々たかだかに、爪先つまさきって部屋へやの中をあるきはじめました。

「じゃあ、放牧ほうぼくしたり、ちちをしぼったり、優良ゆうりょうしゅ子牛こうしそだてたこともあるのかい?」

「まあ、たようなことはね」

 なにか秘密ひみつがありそうでした。

「畜産っていったって、おれのは特別とくべつなやつで、うしじゃない、かめなんだな。うみみたいなひろいけに、なん百匹びゃっぴきも、うじゃうじゃいる。あんなでっかい養殖場なんて、世界中せかいじゅうさがしたって、どこにもないぜ」

 

 ピピシガージョはとても話がうまく、よくいてみると、なんと、今日きょう誕生日たんじょうびで、三百さんびゃくさいになるというのです。ハバナがイギリスじん占領せんりょうされたこともっているし、ママ・テオドラやあのマティアス・ペレスにったこともあるらしい。

「まだ、おれも、ひよこのころだった。マリア・ラモスから有名ゆうめいなネコをプレゼントされたこともあったなあ。マリアは、マリカスターニャとずいぶん仲良なかよしだった。二人ふたりとも、べっこうのくしが自慢じまんでな、ネックレスやらイヤリングやら、やまほどってたっけ」

 そんなことは、みんなにはどうでもよくて、どうしてカンテルにやってきたのか、アスリンがたずねると、「出会であいの街角まちかど」や「ゆめとう」や「ちょっとおかしなみせ」というのをたいから、というのです。

「えっ、そういうの、どこにあるの?」

 アスリンもアスロサも興味きょうみ津々しんしんです。

「カンテルとサレの中間ちゅうかんさ、ねむりのむらにあるんだよ」

 そこで、マルティンは、行ってきたばかりの眠りの村でのことや、小人こびとのダマソからいたことを、一つのこらずはなしました。

 

「けど、あなたがいうような、そんなとうやお店なんか、どこにもなかったわよ」

 アスロサはしんじられません。

「そんなことねえよ。地図ちずならどんな地図にだって、眠りの村はきちんとってらあな。なにかい? このおれがうそつきだっていうのかい」

 ピピシガージョは、ちょっとへそげたようです。

「そんなこといってないわ。ただ、見かけなかったっていってるだけよ」

 アスロサはいいかえしました。

「まぁ、見たけりゃ、おれといっしょにくればいいさ」

 

 そんな話を、カエルのカシルダは、食堂しょくどうまどしたで聞いていました。とてもさむがりやで、かたにショールをいています。

 

 ピピシガージョは、モロン養鶏ようけい会社がいしゃのあるトリグァノとうに行ったときの話をしました。すると、ねむりこけていた道化師どうけしの3・4が、自分じぶんばんがきたと勘違かんちがいしたのか、突然とつぜんきて、ぼけまなこで、なにやら、むにゃ、むにゃ、いいはじめました。

「ぼくも、ふわぁー、すっかりわすれちゃったけど……、あるところに、そう、むかしはきっとわかかった……、一人のおばあさんがんでいました。それが、ある? いや、あるのこと、いや、ちがった、ちがった、ごめん、そうではなくて、夕方ゆうがたでした。一人のおんなの子が一匹いっぴきかめつけました。それで……、その亀には、それは、それは、きれいなひもがくくりつけてありまして……、海賊かいぞくはいいました、ランプをしたのはおれじゃないぞおー」

 わけのわからないことをいっていたかとおもうと、また、こっくり、こっくり、眠りはじめました。おかしくて、しそうになるのを、ピピシガージョも、ぐっとこらえました。

ゆめとう

 キ、キ、リ、キーッ!

 

 ピピシガージョのしわがれごえで、みんなはましました。まだよるけていないというのに、拍車はくしゃのついたブーツもきちんといて、じゃがいもをいため、コーン・スープをつくっています。

 マルティンと、子どもたちと、1・2は馬車ばしゃ点検てんけん出発しゅっぱつ準備じゅんびにとりかかりました。

 

 キリビーン、キリビーン!

 

 みんなは、カタツムリのむらきました。

 でも、あたりはどこも、しーんとしたまま。パナマぼうのダマソは、ちいさな緑色みどりいろを、きょろきょろさせると、広場ひろばちかくに、そらをつんざくようにあたましているたかとうを見つけました。

 ピピシガージョは、門番もんばんにあやしまれないよう、用心ようじんするようにみんなに注意ちゅういしました。

「塔の中に、なにかあるの?」

 いたずらいぬは、こわくてたまりません。

「まあ、心配しんぱいするなって、かけごえかけていこうぜ。それっ、いち、にー、いち、にー」

 

 塔は、まわりのかべがドミノ・パイでできていて、てっぺんには風見鶏かざみどりが、くる、くる、まわっていました。

「おっと、だれかとおもったら、おれの大祖父おおじいさんじゃねえか。あいさつしとかんとな」

 いうと、しわがれ声をふりしぼり、風見鶏にびかけました。

 

 キ、キ、リ、キーッ!

 

 すると、どうでしょう。しんちゅうの風見鶏は、回るのをめ、おおきな声でこたえたのです。いたこともない、とてもさびのきいた声でした。

 そして、がんじょうそうなとびらすこひらいて、中から、ゆったりとしたしろいローブをた、の高いおじいさんがあらわれました。

 ぴか、ぴか、ひかぎんたてを手に、首には、きれいなさかなをいっぱいりばめた、ひざにもとどかんばかりのなが首飾くびかざりをげています。白いあごひげはつやつやと、むねまでかくれるように長くび、中には、小さなガラスの蜘蛛くもが、きんいとしながら、わがをつくるのに一生懸命いっしょうけんめい

 おじいさんは、ふかくお辞儀じぎをすると、大きな声でうたいました。

 

  わしは夢の塔の番人ばんにんじゃ

  さあ、おはいり、お入り

  みんな夢を見るがいい

  夢を見ればゆかいになれる

  楯も魚も、不思議ふしぎ、不思議

 

 みんなは、おじいさんのあとについて塔の中に入りました。

 赤紫あかむらさきけむりのカーテンをくぐりけると、大きな部屋へやぐちがありました。壁にはおじいさんがっているのとおなじ楯が、いっぱいならんで、どれも、ぴか、ぴか、光っています。

 おじいさんは、また歌いました。

 

  楯には、一つ、一つ、ちがった夢

  夢は、不思議、不思議

 

 そして、みんなにかって、どれでも、きな楯をとって、夢をえらぶようにいいました。

 いわれたとおりにすると、どうでしょう、ぴか、ぴか、光る銀の楯の中に、いろとりどりのパノラマが現われました。見たこともないきれいなけしきや、すっかりわすれていたむかしのことが、ゆっくり、ゆっくり、ながれるくものように見えてくるのです。

 

 いたずら犬は、兄弟きょうだいいたい、と思いました。

 すると、すぐに四匹よんひき子犬こいぬが現われ、浜辺はまべたのしそうにはしまわっています。うれしくなって、いっしょにび回りました。

 

 とにかく、おどろくことばかり。

 たびの夢を見たいと思うと、とびっきりきれいなところをあるいているけしきになり、宇宙うちゅう旅行りょこうをしたいと思うと、すぐに、宇宙うちゅうふく宇宙船うちゅうせんっている気分きぶんになりました。宇宙飛行士ひこうしになって、つき火星かせいんでいき、クレーターやうみ探査たんさをしているのです。

 

 アスロサはおもちゃのくにの夢を見ました。くろあおい目をしたあかちゃん人形にんぎょうが、やまのようにまれていました。

 

 カウボーイおとこは、ずっとまえから、とおい遠いくににいる仲間なかまってみたいと思っていました。すると、こおりいえんでいるイヌイットのピピシガージョがあらわれました。

 かと思うと、闘牛士とうぎゅうしや、猛獣もうじゅう使つかいも現われました。どれもみんな、一メートルそこそこの背丈せたけで、にわとりそっくりのかおをして、おしりにみごとなっぽがくっついています。

 

 マルティンの楯の中にも、ねがいどおりに、いろんなクラシックカーがれつをつくってやってきました。もちろん、どの運転うんてんせきにもマルティンがすわっています。そして一番いちばん最後さいごに、おんぼろぐるまが現われると、マルティンの目はなみだでいっぱいになりました。大好だいすきなあこがれの自動車じどうしゃだったのです。

 

 1・2は、というと、これも、ガルバンソまめのような大粒おおつぶの涙を、ぽろぽろこぼしています。はなればなれになった仲間なかまの夢を見ていたのです。

 仲間たちは楯の中で、つりにぶらがったり、とんぼがえりをしたりして、たのしそう。つい、むかしを思い出して、涙がまりません。

 みんな、みんな、時間ときのたつのをすっかりわすれてしまいました。

 

 どこかでかねりました。

 すると、あたりはくらくなり、おじいさんが歌いました。

 

  夢の塔の

  夢のせい

  眠りについた

 

 真っ暗な中を、おじいさんの、きら、きら、光るあごひげをたよりに、塔のそとむかかいました。小さなガラスの蜘蛛たちは、おじいさんのひげの中で、アラビアふうの、唐草からくさ模様もようの金のをつくるのに大忙おおいそがしでした。

ちょっとおかしなみせ

 ゆめとうでの出来事できごとはびっくりすることばかりで、しろひげのおじいさんのことや、魔法まほうはなしちきりでした。

 ピピシガージョが話してくれたみせってみよう、といったのはアスロサでした。もちろん、マルティンも賛成さんせいです。

 

 渦巻うずまきのみちすすみ、回転かいてん木馬もくばのある広場ひろばとおぎ、日陰ひかげえらびながらはしっていくと、交差点こうさてんかど看板かんばんがぶらがっていました。

 

 〈ちょっとおかしな店〉

 

 なかはいりましたが、べつだんわった店でもありません。ふうをした封筒ふうとうがたくさんたなんであって、カウンターやショーウインドには白いカバーがかかっています。

「ごめんくださーい」

 んでも返事へんじがありません。

 でも、よく見ると、作業さぎょうズボンにセーラーふくおんながカウンターのこうにっていました。小枝こえだかざりをつけたかみかたまでびていて、こしには、わしあしかたどったバックルのベルトをしています。

 

「こんにちはー」

 女の子だからでしょう、愛嬌あいきょういっぱい、いたずら犬があいさつしました。

 でも、女の子はねむったまま。

「いやだなあ、このひと、立ったまま、眠ってるよ」

 

 と、ぱっと、女の子は目をひらきました。けれど、二歩にほすすんだだけで、また、眠ってしまいました。

「しょうがないな、またにするか」

 マルティンはあきらめました。

 ひるぎて一時いちじになりました。でも、やっぱり眠ったまま。

 ところが、二時にじになると、あちこちで、一人ひとりまた一人ときはじめ、やがてむらじゅうがにぎやかになりました。みんな、昨日きのう仕事しごとつづきをしています。

 

 セーラー服の女の子も仕事をはじめました。なにをっているのかたずねると、こういいました。

「こわいものだけ売ってるの」

「こわいもの?」

 さっぱりわけがわかりません。

「ほら、子どもたちって、いろんなものをこわがるでしょ。気味きみわる物音ものおとや、犬がえるのとか、おけや、よる、だれかがをたたく音とか、ねずみがものをかじる音や、こおろぎのごえとか、それから……」

「それから、なに?」

 いたずら犬が、くびばしていいました。

「とにかく、ここには、子どもたちのために、いっぱいこわいものがあるの。それがみんな、封筒ふうとうの中にはいってる。子どもたちは、これをけてみて、中になにも入っていないのがわかると、勇気ゆうきてるようになるってわけ。暗闇くらやみでもかないし、なんでもないこともこわがらなくなるわ。こわいものなんかなにもないってわかるから、どんなものだって、見たりさわったりできるようになるってわけ」

 

 いたずら犬は、うれしくなって、二本あしち上がると、をたたいて、女の子とおどりました。

「ねえ、ぼくにも封筒をくれないかな。ぼく、なんだってこわいんだ」

「じゃ、おおきいのがいいわね」

「そんな大きいのはいらないよ。馬車ばしゃめるぐらいがちょうどいい」

出会であいの街角まちかど

 その、かえるのカシルダはおっとのルフィーノと大喧嘩おおげんかしました。食事しょくじ支度したくをするのがいやだったからです。かのじょは、道化師どうけしたちやピピシガージョのはなしきたくて、よるになるとカンテルのふる別荘べっそうかけるのが日課にっかになっていました。

 

「いいこと、ルフィーノ」

 カシルダはちょっと強情ごうじょうになっていました。みみにはきんのイヤリングをつけ、かたにショールをかけています。

「いまは、女性じょせい自由じゆう時代じだいなの。わたし、進歩しんぽ主義しゅぎしゃなの。権利けんりがあるのよ、おんなのわたしにも、自由の権利が。今夜こんやは、絶対ぜったい食事しょくじなんてつくらないから」

 

「けどね、カシルダ」

 夫のひきがえるがはなしかけようとしても、こうともしません。

「じゃあ、わたし、かけるから。おなべくろ砂糖ざとうでもねぶってれば」

 てると、暗闇くらやみに、さっとみ、みんながあつまっている広間ひろままどのところにんでいきました。

 

 その夜は、ゆめとうや、ちょっとおかしなみせの話でした。いたずら犬は、からっぽの封筒ふうとうまえでふんぞりかえっています。もう、こわいものなんかどこにもない、といわんばかり。

 カシルダは時間じかんのたつのもわすれ、いえかえったときには、すっかりけていました。夫のルフィーノはドアをけてくれません。しかたなく馬車ばしゃの中でかすことにしました。

 おひるになりました。2・3は大きなこえうたい、3・4はそれに伴奏ばんそうをつけ、マルティンとアスロサとピピシガージョは、そろって合唱がっしょうしました。そんな様子ようすを、アスリンと1・2は、コックさんの帽子ぼうしをかぶり、エプロン姿すがたでポーチからながめています。

「いいわよー、世界一せかいいち!」

 エールをおくるとカシルダは、馬車の運転台うんてんだいによじのぼりました。とても見晴みはらしがいいのです。

 

 みんなが眠りの村をたずねるのは、もう三度さんど一番いちばん手前てまえ交差点こうさてんで馬車をめ、あとはあるくことにして、ピピシガージョを先頭せんとうに、渦巻うずまみちはいっていきました。ピピシガージョは、交差点にるたびに、かれだけがっている不思議な目印めじるしをたしかめています。そして、ベルトをととのえ、ネッカチーフをめなおすと、自信じしんありげに、にやっと薄笑うすわらいをかべ、またまえすすむのでした。

 

「さあ、いたぜ、ここが出会であいの街角まちかどさ。秘密ひみつっていうのは、ピピシガージョ一世いっせいからいたはなしなんだが、いっしょにさがしてみようや。いまは、むらのやつらもゆめ最中さいちゅうだ。面倒めんどうがなくっていいだろう」

 

 もちろん、みんなも賛成さんせいです。

「で、なにがはじまるの?」

 そこで、ピピシガージョは、いろんな童話どうわのヒーローやヒロインのだいパレードがあるという、街角のことをくわしく話しました。二十にじゅうねん一度いちどあさ十時じゅうじからはじまるらしいのですが、今日きょうが、ちょうどそのというわけです。

 みんなは、期待きたいむねおどらせました。

 

 ディン、ディン、ディン、ディン、ディン、ディン、ディン、ディン、ディン、ディーン!

 

 眠りの塔のかべ時計どけいが十時をちました。と、突然とつぜん、すーうっとかぜれ、あたりの羽根はね雨戸あまどが、ざわ、ざわ、おとをたててしました。

 

 最初さいしょ登場とうじょうしたのがあかずきんちゃん。お菓子かしがいっぱいはいったちいさなかごをに、たのしそうに口笛くちぶえきながらやってきました。そして、みんなに笑顔えがおをふりまくと、すぐうしろのおおかみをびました。

 おおかみは赤ずきんちゃんの手伝てつだいをして、口にかごをくわえました。すごくおとなしいおおかみです。

「よくがつくやつだなあ」

 いたずら犬は、ためいきをつきました。

「けど、ちょっとまぬけかも。ぼくなら、あんなおいしそうなお菓子、さっさとべてしまうのに」

 

「うるさいわね、この欲張よくばり犬!」

 アスロサが、しかりました。

 

「ほら、あそこ! 白雪姫しらゆきひめよ」

 くろひとみに、ブロンドがみみに、まわりの小人こびとたちにわせて、ゆっくり、あるいています。

 小人こびとたちといったら、あんまりとしをとりすぎているからか、あしがよろよろで、キャラメルのつえにすがりついています。

 

 つぎは、褐色肌かっしょくはだ若者わかものです。たのしそうに笑顔えがおいっぱい。しろひかっています。にはおまりのどうのランプ。でも、ズボンがみじかくて、ぴちぴちだから、すそからはだがのぞいています。

「かっこいいぞ、アラジーン!」

 2・3はエールをおくり、きんせんかのはなささげようとまえしました。

 そのおれいでしょう、アラジンはっていたランプをこすりました。すると、どうでしょう、ってましたとばかり、大男おおおとこあらわれました。

 アラジンは大男に、ちいさいくるみのふくろをとってくるよういいつけ、それを2・3に手渡てわたすと、白雪姫のところまではしって、たおれている小人に手をさしのべました。

 と、今度こんどは、ドナルド・ダックパト・パスクァルでしょう。長靴ながぐつをはいて、三匹さんびきくまれ、あっというってしまいました。みんなにいつこうと必死ひっしです。でも、なかなか追いつけないのでおもしろくないのでしょう、ぶつぶつ、文句もんくをいっています。

 

 かたつむりにった、すももの女の子もやってきました。日傘ひがさをさしているのでなんとかわかりますが、そうでなければ、あんまり小さいので見逃みのがしてしまいそう。

 

 もちろん、ピノキオもやまのペルシンといっしょにあるいていて、二人ともパイロットようのネッカチーフをしています。

 そのあとに現われたのは、キューバの子どもたちならだれでもっている、そう、クカラチョーナ大きなゴキブリでした。

 

「ぼくと結婚けっこんしない?」

 いたずら犬がプロポーズしました。

「なんですって? あんたとなら、子ねずみペレスの方がよっぽどましだわ」

 そっぽをいて行ってしまいました。

 

 それからも、次から次へと人気者にんきものがやってきました。ねむりのもり美女びじょ、ガリバー、オズの魔法まほう使つかいなど、次々つぎつぎと現われ、小人のくに子馬こうまとおぎました。とてもかわいい子馬こうまです。

 

 そうしてパレードも、いよいよおしまいというところで、きら、きら、光るユニフォームの楽隊がくたい登場とうじょううしろには、二頭にとうての三組さんくみの馬にかれた馬車ばしゃつづいています。馬たちは、カールしたたてがみやながっぽを、かろやかにかぜになびかせ、ぱっか、ぱっか、ひづめおとひびかせます。

 

 馬車には王子おうじさまっていました。頭には羽根はねかざりのついた帽子ぼうしをかぶり、こしにはサーベル。そばには、まるでどこかの舞踏会ぶとうかいにでも行くかのように着飾きかざった女の子が、笑顔えがおいっぱい……。

 そう、シンデレラです。

 馬車から小さなガラスのくつげると、ベソキスをふりまきました。シンデレラは子どもたちの人気者。通り過ぎていった主人公しゅじんこうたちの中では、だれよりもつつましやかではたらものでした。

さよなら、仲間なかまたち

 シンデレラのかわいい靴をトロフィーのようにかかげ、カンテルにもどると、1・2とアスリンは、台所だいどころ食事しょくじのしたくにいそがしそう。

 

 カシルダは、すぐにいえんでかえり、たことすべてをおっとのルフィーノにはなしました。

 ところが、ルフィーノは、そんなのうそだろう、と、コーン・パイプをかしながら見向みむきもしません。

「あなたも、見ればよかったのに、ルフィーノ。とってもきれいで、しんじられないことばかりなの。あんなパレードがあるなんて、らないで、そんしちゃった」

  

 みんなは、別荘べっそう広間ひろまあつまり、これからのことを相談そうだんしました。こんなたのしいことに出会であえたのだから、おれいに、別荘の修理しゅうりをしようとか、なにかためになることをやろうじゃないかというわけです。

 

 ピピシガージョは、のこぎりでいたりはじめました。

 マルティンは、ってましたとばかり、ドアとまどにペンキをり、パティオでは、道化師どうけしたちが、マチェテ山刀・手斧草刈くさかりをはじめました。

 アスリンとアスロサは、部屋へやまどガラスを、こうとこちら、向かいってみがいています。けれど、よごれがひどいので、たがいのかおが見えません。

 そして、いたずら犬は、ごみひろいです。

 

 くたくたにつかれました。でも、充実じゅうじつした有意義ゆういぎ一日いちにちでした。そして、よるには、また、みんなで明日あす作業さぎょうわせをしました。

 ところが、ピピシガージョは、もうおれは頭数あたまかずれないでくれ、とちょっとさびしそう。明日のあさはやく、ここを出発しゅっぱつするというのです。

「おれのつとめはもうわったからな。ねむりのむらにもったし、みっつの秘密ひみつもよくわかった。そろそろ仕事しごともどらないとな」

 

 すると、道化師たちも、明日、出発する、といい出しました。カマリオカの子どもたちが、野外やがいショーをたのしみにしているから、というのです。

 しかたがありません。マルティンたちも、出発することにめました。

 

 そんな最後さいごの夜は、たきのような大雨おおあめでした。

 

 そして朝、しっとり、空気くうきはよどんで、ちょっと肌寒はだざむいからか、にわとりたちもときげるのをためらっています。

 カンテルのひとたちは、もちろん眠ったまま、見送みおくる人もありません。

 

 マルティンは、準備じゅんびのために、ずいぶん早くきたつもりでした。でも、ピピシガージョの姿すがたがありません。

 かわりに、道化師たちにはキャラメルの連発れんぱつじゅうを、マルティンたちには、尾っぽの一番いちばんきれいな羽根はねを、記念きねんのこしていました。はにかみやのかれです。さよならをいうのがつらかったのでしょう。

 サーカスの三人と、水色みずいろ馬車ばしゃの三人は、荷物にもつをまとめ、水色馬車に乗りました。

 

 キリビーン、キリビーン!

 

 しばらく行くと、きゅうにあたりがくらくなり、おもそうなくろ雨雲あまぐもが水色馬車をいかけてきました。どこかで、かえるがいて、道端みちばた小川おがわながれもはやくなってきました。

 

 なにもかもずぶぬれです。かつらも、ふくも、馬車も、みんな、みんな、水色のなみだを流しはじめました。

 

 それでも雨ははげしくなるばかり。とうとう、アスレホのからだは水色としろ斑模様ぶちもようになりました。

 いたずら犬の尾っぽも雨にぬれて、ブラシのよう。尾っぽをうしあしあいだかくして、色がちるのをふせごうと必死ひっしです。

 

 キリビーン、キリビーン!

 

 しばらく行くと、さとうきびばたけこうに、小さな村が見えてきました。道化師たちはがってよろこびました。三人のまれた村だったのです。

 

「1・2さん、郵便屋ゆうびんやさんのピルレロによろしくね」

 子どもたちは、おわかれをいいました。

「じゃあな、2・3団長だんちょう

 マルティンはかつらをとって、あたまの上で小さくふりました。

「3・4くんも、手品てじなはな大事だいじにな」

 

 道化師たちは、魔法まほうのポケットから、別れのかみテープや、はと、そして、キューバの国旗こっきまでして、マルティンたちにさよならをいいました。

 馬車は、また、雨の一本いっぽんみちはしりました。三人の姿は、どんどん小さくなっていきます。

 

 キリビーン、キリビーン、キリビーン!

 

 みんな、しょんぼり、だまったまま。ゆかいな仲間なかまたちとさよならするのがつらかったのでしょう。アスレホも、つい、つまずいて、がたんっ、と馬車をかたむけました。

 雨はみそうにありません。だれかが一つ、溜息ためいきつくと、いたずら犬も、前足まえあしかおかくして、なみだを、ぽろ、ぽろ。だれも、なぐさめようがありません。

 いえこいしくなったのか、ママにいたい、いろっこちちゃった、もう冒険ぼうけんなんていやだ、とごとばかり。もうすこしあちこちたびをしてみよう、とはげましてもき止みません。

 ぼくの家が一番いちばんいい、キューバよりきれいなくになんかあるものか、一番きれいなのはカルボネラスだ、バラデロだ、といってきかないのです。

 しかたがありません。マルティンと子どもたちは、相談そうだんするために馬車を止めることにしました。

 

 ガラスのようにとおった、大粒おおつぶのしずくが、ぽた、ぽた、したたる楽園らくえんじゅしたでした。アスレホが足を止めました。そして、四分よんぷん三秒さんびょうかん、みんなではない、むっつのことを満場まんじょう一致いっちめました。

 

 その一、まる地球ちきゅうの上、キューバが一番。

 その二、ぼくらはってるキューバの大地だいち

 その三、たのしかった旅の冒険、この感動かんどうをぼくらはわすれない。

 その四、バラデロのうみはほんものの水色。ぼくらがきなのは、この水色。

 その五、さあ、かえろう。そして、みんなにこの冒険の話をしよう。

 その六、ぼくらは大好き、革命キューバ、社会主義キューバ。

 

 キリビーン、キリビーン、キリビーン!

 

 雲の間から、太陽たいようが顔をのぞかせ、一番どりが歌いはじめました。

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